ノンテクニカルサマリー

産学連携と企業の研究パフォーマンス

執筆者 乾 友彦(ファカルティフェロー)/枝村 一磨(神奈川大学)/Russell THOMSON(Swinburne University of Technology)
研究プロジェクト 人的資本(教育・健康)への投資と生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
人的資本(教育・健康)への投資と生産性

経済全体の生産性(全要素生産性、TFP)を上昇させるには、企業の研究活動を通じたイノベーションの実現が求められる。イノベーションの実現にはサイエンス(基礎・応用研究の成果)が重要な役割を果たす。しかしながら、日本では基礎・応用研究費が全体の研究開発費に占める割合は1993年度において28.1%であったのが、2021年度において23.6%に減少している(総務省「科学技術研究調査」)。サイエンスの減退は、経済全体のTFPの上昇率の停滞の一因であることが予想される。

企業におけるサイエンスの減退を補完することを期待されるのが大学等公的研究機関との連携である。連携を通じて、高度な知識を企業が活用することが期待される。このような期待を受けて、産学官連携を促進する政策が実施されてきた。2021年に閣議決定された第6期科学技術・イノベーション計画では「産学官共創システムの強化」が謳われている。産学連携によって、企業は大学にある最先端の知識や技術を取り入れ、効率的に研究開発活動を行うことが可能となると考えられる。

本研究では、2001年から2020年の期間において経済産業省「経済産業省企業活動基本調査」、総務省「科学技術研究調査」の調査票情報、IIPパテントデータベースから得た特許情報を企業レベルで接合したパネルデータを作成して定量分析を実施した。分析結果をまとめたのが、表1~表3である。ここでは、産学連携を実施した企業1つに対して、分析期間中に産学連携を実施していない企業を5つまでマッチングして比較した分析結果を示す。NTとは、分析期間中に初めて産学連携を実施した企業数、NUは産学連携を実施していない企業数、NはNTとNUの合計を示す。ATTとは、産学連携を実施した企業における、産学連携の平均的な効果を示す。ATTについてみてみると、産学連携後2年間は、研究費合計(total R&D)や社内使用研究費(internal R&D)、応用開発研究費(applied & develop R&D)が増加し、研究集約度(R&D intensity)が上昇することが示唆されている。また、産学連携後に最も多く出願された技術分野の特許出願件数(Patent after)は、産学連携後3年間、増加の効果が継続することが示唆された。

産学連携後に研究費合計や社内使用研究費、応用開発研究費といった研究活動のインプットが増加したのは、産学連携によって企業の研究活動が活発化しただけでなく、企業が大学の基礎研究の知識を活用した応用開発研究を実施している可能性を示唆している。一般的に、大学は基礎研究を行い、企業は応用研究、開発研究を行うインセンティブが高いと言われる。本研究の結果は、企業にとって研究を行うインセンティブが高くない基礎研究の知識を、企業が大学から産学連携によって獲得し、それを応用研究、開発研究に発展させていることの証左であると考えられる。

企業が大学の基礎研究の知識を応用開発研究に発展させ、産学連携が適切に機能していることは、研究インプットに関する分析結果だけでなく、特許出願件数に関する分析結果からも示唆されている。産学連携前に最も多く出願された技術分野の特許出願件数は、産学連携前後で変化はない。一方、産学連携後に最も多く出願された技術分野の特許出願件数は、産学連携直後だけでなく、2年後、3年後も増加している。分析結果から、企業は産学連携によって大学から得られた基礎研究の知識を応用開発し、その成果を産学連携前とは異なる技術分野において特許としてアウトプットすることに成功していると考えられる。

産学連携によって企業の研究インプットが増加するという本研究の分析結果は、日本において産学連携が過小になっている可能性を示唆している。OECD “Main Science and Technology Indicators”によると、大学等の高等教育機関における研究費の民間セクター負担率は、日本において3.33%となっている(図参照)。一方、ドイツでは12.94%、イギリスでは8.78%、アメリカでは5.19%、韓国では13.78%となっており、OECD平均は6.33%となっている。G7(カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、イギリス、アメリカ)の中では、フランス(2.97%)に次ぎ、低くなっている。日本は他の先進国と比較して、産学連携が活発に行われていない。今後、企業と大学の連携を効率的かつ効果的に行うことができるような仕組みを政策的にバックアップしていくことができれば、産学連携が適正な水準へと誘導されるであろう。

本研究の結果は、政策的インプリケーションを持つ。産学連携後に企業の研究インプットが増加するだけでなく、新たな技術分野の特許出願も増加し、研究アウトプットが増加することが本研究から示唆されている。企業による産学連携を促進する政策が、当該企業の研究活動を促進させる効果があることが示されている。現在、産学連携を促進する政策は行われているが、今後も継続して産学連携を促し、産学連携の水準を適正な水準まで押し上げることができれば、日本企業の研究活動が促される可能性がある。産学連携は大学にとっても研究費の獲得などのメリットがある。企業、大学ともにメリットのある産学連携を支援する政策を継続することで、日本全体の研究水準の引き上げが期待できる。

表1 産学連携前と後の比較(研究費総額、社内使用研究費)
表1 産学連携前と後の比較(研究費総額、社内使用研究費)
※**は5%有意を示す。
表2 産学連携前と後の比較(応用開発研究費、研究集約度)
表2 産学連携前と後の比較(応用開発研究費、研究集約度)
※***は1%、**は5%、*は10%有意を示す。
表3 産学連携前と後の比較(産学連携実施後に多く出願した技術分野の特許件数)
表3 産学連携前と後の比較(産学連携実施後に多く出願した技術分野の特許件数)
※***は1%、**は5%有意を示す。
図 高等教育機関における研究費の民間セクター負担率(2020年)
図 高等教育機関における研究費の民間セクター負担率(2020年)
出典:OECD “Main Science and Technology Indicators”より筆者作成