ノンテクニカルサマリー

大学の安全保障輸出管理体制をめぐるアンケート調査

執筆者 手塚 沙織(南山大学)/五十嵐 彰(大阪大学)
研究プロジェクト グローバル・インテリジェンス・プロジェクト(国際秩序の変容と日本の中長期的競争力に関する研究)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル・インテリジェンス・プロジェクト(国際秩序の変容と日本の中長期的競争力に関する研究)」

科学技術の進展には、学問の自由は不可欠である。学問の自由には、研究の公開や国際交流といった開放性が含まれる。しかし、その開放性が悪用され、大学・研究機関にて研究者が生み出す知識/技術が、その主体から離れ、意図せずして、敵対する個人や組織、国家に渡った場合、多大な損失を生み出す。ひいては、国家間の経済・軍事のパワーバランスを変え、国家の安全保障を揺るがす事態を引き起こす可能性を孕んでいる。だからこそ、国家は大学に対して知識/技術を管理する政策(輸出管理)を実施してきた。とは言え、学問の自由と輸出管理のバランスを取ることは容易ではない。輸出管理はその制度が厳格化し過ぎれば、研究の開放性といった学問の自由を阻害する障害となってしまいかねないためである。学問の自由と輸出管理の間における均衡を保つといっても、その均衡点が政府と研究者の間で一致しているかと言えば必ずしもそうではない。この認識の違いは、大学の輸出管理の運用に関して問題を起こしてきた。米中対立を始めとする日本を取り巻く安全保障環境の変容により、知識/技術管理が今まで以上に必要とされ、学問の自由と輸出管理のバランスが改めて問われている。

こういった問題意識のもと、本稿では、政府と研究者の間のアクターとして、実際に輸出管理制度を運営する大学当局に焦点を当て、輸出管理と学問の自由の間で主な問題として提起されてきた点を従属変数とし、回帰分析を通じて、その制度上の効果を測った上で、その改善点を探ることとした。全ての国立大学及び理工医薬系を持つ公私立大学の323校を調査対象とし、2022年11月〜12月にRIETIにて2022年度「大学における安全保障輸出管理をめぐるアンケート調査」を紙とウェブにて行った。有効サンプルは210校(有効回収率65パーセント)である。質問項目は、①大学の安全保障輸出管理体制の整備状況に関するもの、②輸出管理対象リストに関する大学の現状をめぐるもの、③大学のグローバル化にともなう輸出管理に関するもの、④大学当局と研究者と政府のコミュニケーションに関するものなどで構成されている。

本研究では、学問の自由と輸出管理上の問題点として提起されてきた、以下の主要な項目5つを従属変数とした(「外為法の例外規定(公知・基礎科学)が適用される技術の研究の判定」と「デュアルユース技術となりうる研究の把握の有無」、「研究プロジェクトの資金の開示要求の有無」、「産学連携の一環としての国外の企業と共同研究を行なっている研究者/研究室/プロジェクトの把握の有無」、「外国籍の教員や学生の帰国時に際した内部規定遵守の実施」)。独立変数は、現行の大学の輸出管理体制の整備状況とし、具体的には、①大学形態、②輸出管理担当部署の専任・兼任数、③輸出管理担当部署の統括責任者の輸出管理の経験の有無、④他部署との連携、⑤研究者との連携、⑥政府アドバイザー(アドバイザー派遣事業の利用の有無)⑦政府による学習提供:以下の2つの質問のどちらかもしくは両方にはいと答えていれば1、そうでなければ0。「日本政府(経済産業省)が作成し経産省ホームページにて提供している教職員向けの安全保障貿易管理に関する e-ラーニングを利用されていますか。」、「日本政府(経済産業省)が監修し、APRIN(一般財団法人公正研究推進協会)が提供する教職員向けの安全保障貿易管理に関する e-ラーニングを利用されていますか」。また、研究プロジェクトの資金の開示と、外国籍の教員や学生の帰国時に際した内部規定遵守の実施、この2つの従属変数に対しては、独立変数に、「教職員に対する特定類型(「居住者のうち類型的に非居住者の非常に強い影響下にある者」)に該当するか否かの学内調査の有無」と「学生・被雇用者に対する特定類型に該当するか否かの確認の有無」を含めた(表1)。このうち、輸出管理担当部署の統括責任者の輸出管理の経験の有無、他部署との連携、そして研究者との連携は輸出管理担当部署の専任に対してのみ聞いている。そのため、大学によっては専任を有しておらず、この質問の対象外になっているものもある。続く分析では、モデルを2つ提示し、この3つの変数を除外したモデル(モデル1)と、投入したモデル(モデル2)の双方を示す(表2,3)。

分析結果は、以下の3点となる。まず、政府による施策とそれぞれの従属変数との関連の有無である。政府アドバイザーと政府による学習提供は、デュアルユースの可能性のある研究の把握、外為法の例外規定が適用される研究(基礎研究)の判定、産学連携の国外企業との研究の把握、研究資金の開示要求、外国人の帰国時の内部規定の遵守の実施の有無に対して、関連があるとは言えない。ただし、外為法の例外規定が適用される研究の判定に対し、政府による学習提供はモデルによっては関連があることが示された。政府が提供する学習教材を使用していれば、外為法の判定についてより正確な判断ができるようになるといえるだろう。ただしモデル2では関連が見られなくなっているが、これはサンプルサイズが減少したためだと考えられる。第二に、輸出管理担当部署に専任がいることの意義である。専任の人数と、外為法の例外規定の研究の判断とデュアルユース技術になりうる研究の判断との間には、正の関連があった(表2, 表3)。専任がいる場合には、学内の研究が外為法の適用例外となるかどうかやデュアルユース技術になりうるかの判断がより明確となる。研究の内容を理解した上で、技術的に困難な判断をより正確に行えるのだと考えられる。ただし、それは専任であるが故に、兼任と異なり、時間的余裕があり、輸出管理や研究に関する学習時間が増え、適切な判断が可能となっているのか、それとも専任の経歴自体が輸出管理担当部署に適任であったかどうか、これらの2つの可能性が考えられる。第三に、輸出管理担当部署の職員に経験者がいる場合には、デュアルユースの可能性のある研究を把握しており、リスト規制対象となる研究者又は研究室に対する研究プロジェクトの資金の出所を開示請求する傾向にあった。担当者に輸出管理の経験があるということは、つまり現場における過去の経験が活きてきたと考えられる。担当者が研究プロジェクトの資金の流れの把握の必要性を認識し、開示要求を求めることは、輸出管理に関する過去の経験から必要とされる項目であると十分に認識していると推察されるためである。

大学が、法律や規制に照らし合わせた形で、十分に輸出管理体制を整備するのは容易なことではない。本稿の分析結果では、輸出管理担当部署があるということではなく、輸出管理担当部署に専任がいる、また同部署に経験者がいることで、学問の自由と輸出管理上の問題として提起されてきた主要な点(外為法の例外規定の研究の判断、デュアルユース技術になりうる研究の判断、リスト規制対象となる研究者又は研究室に対する研究プロジェクトの資金の出所の開示請求)に対して好ましい効果をもたらすことがわかった。さらに言えば、現行の政府の大学への支援制度(政府アドバイザー派遣事業、経済産業省による教職員向けの安全保障貿易管理に関するe-ラーニング、経済産業省の監修のAPRIN(一般財団法人公正研究推進協会)が提供する教職員向けの安全保障貿易管理に関する e-ラーニング)では有意な関連が見られない。これらの結果を踏まえた優先的な政策的示唆は、輸出管理に関する専門人材の育成とそういった人材の大学での雇用補助を提示する。ただ、本研究の分析結果では、輸出担当部署の専任の人材がどういったキャリアパスを経たのかまでは把握できないため、専門人材の育成に当たっては、現在、輸出管理担当部署の専任、さらに輸出管理の経験がある職員に聞き取り調査を行い、どういったキャリアパスを得て、当該職に就いているのかを中心に分析し、効果的に人材育成を行なった方が良いのではないだろうか。また、専門人材の育成が困難であるのであれば、輸出担当部署の担当者間の情報共有の場を提供し、経験者を育てる環境を設けることも一案であろう。

表1 記述統計
表2 外為法の例外適用の判定との関連/表3 デュアルユース把握との関連