ノンテクニカルサマリー

デジタルトランスフォーメーションが生産性と企業内の資源再配分に与える影響

執筆者 深尾 京司(ファカルティフェロー)/乾 友彦(ファカルティフェロー)/金 榮愨(専修大学)/権 赫旭(ファカルティフェロー)/池内 健太(上席研究員(政策エコノミスト))
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

IT化の進展が企業の生産性の改善に貢献することは欧米を中心に多くの先行研究で確認されている。しかし、Fukao, et al. (2016) は日本がICT革命の波に乗れなかったことを明らかにしている。近年では、新型コロナウイルスの世界的な拡大とビジネス環境の変化に伴い、データとITを用いて製品やサービスから、ビジネスモデル、業務、組織、生産プロセスや企業文化までの、広範囲の企業活動の変革を進める、いわゆるデジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation, DX)が進められてきた。しかし、令和4年度版の『情報通信白書』(総務省)では、日米企業を対象に行ったDXの取組に関する調査からDXにおいても日本企業が遅れをとっていることが確認される。DXを進めている日本企業の割合が56%であるのに対し、米国では79%である。この結果は、日本企業がICT革命に遅れたように、DXでも他の先進国より遅れる可能性を強く示唆している。

本研究はまず、『工業統計調査』(経済産業省)と『経済センサスー活動調査』(総務省・経済産業省)の調査票データを用いて、生産性上昇の要因分解分析を行った。事業所データを用いた一般的な生産性上昇の要因分解分析は、経済の生産性上昇を、大きく、事業所内の生産性上昇による産業の生産性上昇(内部効果という)と、事業所間の資源の再配分による産業の生産性上昇(再配分効果といい、参入・退出も含む)に分解する。本研究では事業所が属している企業の情報を用いて、再配分効果をさらに詳細に分けて、複数事業所を持つ企業の企業内事業所間の再配分効果、M&Aによって事業所の所属が変わる(企業間の事業所の所有権の移転、単独事業所企業の事業所の買収、企業の傘下の事業所の独立など)ことによる再配分効果などを明示的に分析している(詳細は本文を参照されたい)。

分析結果(図)によれば、単独事業所企業でも複数事業所企業でも内部効果は低下しており、再配分効果が重要性を増している。特に単独事業所企業の再配分効果に加え、2005~2011年では複数事業所事業の企業内事業所間の再配分効果が産業の生産性上昇に重要な役割を果たしていることが確認できる。

図 企業内事業所間の資源再配分を考慮した生産性動学分析の結果(年率・%)
図 企業内事業所間の資源再配分を考慮した生産性動学分析の結果(年率・%)

では、DXの重要なパートであるIT化が、企業の生産性や企業間・事業所間の資源の再配分などにどのように、どの程度関係するか、その範囲はどこまでか。これらの分析のために、本研究では、経済産業省の『情報処理実態調査』、RIETIの『モノづくりにおけるビッグデータ活用とイノベーションに関する実態調査』、『経済産業省企業活動基本調査』、経済産業省の『海外事業活動基本調査』、『東京商工リサーチ(TSR)企業データ』などを、企業レベルでマッチングすることにより、様々な面から分析を行った。主な結論は以下の通りである。

(1)ITへの積極的な投資は企業生産性の向上と正の相関を持ち、それは主にソフトウェアの貢献によるものである(表)。
(2)最高情報責任者(Chief Information Officer、以下 CIO)の設置は企業の生産性と正の相関を持つ。ただし、企業生産性と統計的に有意な関係が確認されるのは兼任のCIOのみで、専任のCIOとは有意な関係が確認できない。また、CIOとIT投資との補完的な関係は確認されない。
(3)業務におけるスマートフォンやタブレット端末の導入は企業生産性と有意な関係が確認されない。
(4)社内でのビックデータの活用が生産性向上につながることは確認されない。
(5)製造業企業でサプライヤー企業とデータを共有することは、企業の生産性と正の関係が確認されるが、カスタマーとのデータの共有は生産性に負の相関を持つ可能性がある。
(6)日本企業の日本本社でのIT投資は、海外現地法人の利益率と正の相関を持つが、有意性は弱い。

表 IT資本と企業の生産性
表 IT資本と企業の生産性
注)すべての推計には産業ダミーと年ダミーが含まれる。括弧内の数値はロバスト標準誤差である。***p<0.01, **p<0.05 。
出典)『企業活動基本調査』と『情報処理実態調査』により著者作成

上記の図での分析も含め、最近の研究でも確認されるのは、近年になるほど、日本経済の生産性上昇において、企業や事業所内部の生産性が伸びることによる内部効果が徐々に低下し、相対的に再配分効果が重要になっていることである。IT化やDXは、企業内の情報の流通や組織の改革、製品・サービスのイノベーションなどを促進し、企業・事業所の内部効果を高めると考えられる。また、複数事業所企業の企業内事業所間の情報の流通と迅速な共有は企業内の資源の効率的な再配分を促進し、再配分効果を高めることが期待される。例えば、日本全国や世界に生産拠点を持つ企業がクラウドコンピューティング導入によって共通の情報プラットフォームを持つことで、業務効率を高めるだけでなく、円滑かつ迅速な事業の展開と調整ができるようになることはよく知られている。近年、社会問題にもなっているセキュリティ問題に関連して、企業の競争上の優位を維持し、高めるためにCIOの存在は重要な意味を持つ。しかし、これらのための投資は日本で十分か、それは効率的に活用されているかに関しては必ずしも肯定的な答えができない分析結果である。

近年の日本のIT投資は付加価値比でみても低下している。世界的な企業のIT戦略の中心的役割を果たすCIOも日本では専任の割合が非常に少なく、多くのCIOはほかの業務を兼務している。CIOによってIT投資がより効率的に活用されていることも確認できない(結果[2])。IT自体は企業・事業所の生産性を高める(結果[1])が、複数事業所企業の事業所間の資源の効率的な再配分には有意な貢献が確認されない。ビックデータも、社内での利用だけでは、企業の生産性を高めることにつながらず、主にサプライヤーとの共有が生産性上昇につながる可能性が高い。しかし、データの共有における現実の制限は大きいといわれる。

IT投資が、単体の機械やソフトウェアとして企業の生産性を高めることには限界がある。データも一つの企業内にとどまるだけでは有用性が高くならない。DX本来の力を発揮するには、ほかの生産要素との効率的な融合と活用が重要である。DXの導入には、例えば、ソフトウェアに加え、CIOの知識と経営手法の融合、組織の変革、従業員の教育と効率的な配置転換などが求められる。現在進められているDXや人工知能(AI)の導入も、遅れをとらない適時の大胆な導入と同時に、いかに他の生産要素と効率的に融合させるかがカギとなると考えらえる。