ノンテクニカルサマリー

中国輸出入銀行の「二つの優遇条件借款」:現状と課題

執筆者 北野 尚宏(早稲田大学)/宮林 由美子(元国際協力機構)
研究プロジェクト グローバル・インテリジェンス・プロジェクト(国際秩序の変容と日本の中長期的競争力に関する研究)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル・インテリジェンス・プロジェクト(国際秩序の変容と日本の中長期的競争力に関する研究)」

中国輸出入銀行(中国輸銀)が実施する人民元建ての中国政府優遇借款(GCL)と輸出信用でありながら優遇借款と同等の貸付条件であるドル建ての優遇バイヤーズ・クレジット(PBC)は「二つの優遇条件借款」(本稿では略称をGCL・PBCとする)と呼ばれる。2000年代にはいり、無利子借款とあわせ中国政府による開発協力、経済協力の主たる優遇融資スキームとして、開発途上国との政治・外交・経済関係強化に用いられると共に、中国企業の途上国インフラ市場進出を資金面で支えてきた。

中国は途上国向けにGCL・PBCを含む大規模な融資を行ってきたにもかかわらず、情報開示は依然として限定的である。研究者は様々な中国資金協力データベースを作成・公表し、これらのデータベースを活用して中国の資金協力に関する多くの研究を行ってきた。しかし、中国の資金協力全体に占める割合が限られていることなどを背景に、GCL・PBCに特化して分析した研究は限られている。筆者らは、2014年よりGCLを含む中国の対外援助規模を、経済協力開発機構・開発援助委員会(OECD-DAC)の政府開発援助(ODA)の定義に近似させて推計し、PBCの規模と合わせて公表してきた。2018年より、GCL・PBCの推計手法を改善するために、GCL・PBCの融資承諾額データベースの作成を開始した。本稿では、同データベースを用いて、GCL・PBCの現状について分析を行うと共に、今後の課題について検討した。

得られた知見は以下の通りである。①中国は、地域協力枠組みなどのもとでGCL・PBC関連の資金協力意図表明額を拡大させてきたが、債務問題などを背景に2019年以降減少傾向にある。②GCL・PBCの融資承諾額は2006年ころから急増し、2014年をピークとして2018年以降減少し2020年には急減している(図1)。③地域別には、アジア、アフリカが最大の供与先で、2010年代以降アジアの中では東南アジアから南アジアへのシフトがみられる。④セクター別で運輸、電力の割合が大きく、アフリカ、大洋州では通信セクターの割合も目立っている。⑤GCL・PBCの主な借入国のうち、債務破綻状態にある又は債務破綻に陥るリスクの高い国など債務問題に直面している国が目立ってきている。

以上のように、現在、中国政府にとって債務問題への対応が喫緊の課題となっている。中長期的には途上国側の旺盛なインフラ資金ニーズに応えるために、中国政府はGCL・PBCの制度改善を図る可能性が考えられる。具体的には、国際ルールに準じて、GCLをさらに優遇条件で供与することが挙げられる。そのためには、財政部が供与する利子補填のための対外援助予算割当を大幅に増加する必要があるだろう。もう一つの方向性は、GCL・PBCと他のスキームとの混合借款である。中国は既にGCLと無償援助、無利子借款との混合借款により供与条件の緩和を図っており、これをさらに拡げていくことも考えられる。さらに、自らが融資データや融資プロジェクトの事後評価報告書を公表するなど、情報開示によるアカウンタビリティの向上も課題であるといえる。

日本政府にとっては、GCL・PBCを含む中国の途上国向け資金協力の現状と課題を、データに基づき現場レベルの知見もあわせて的確に把握し、中国政府が開発協力や債務問題において国際的なルールに基づき行動していくことを、西側諸国、グローバルサウスの国々、世界銀行、IMF、OECDなど国際機関と共に引き続き粘り強く働きかけていくことが重要であると考える。

図1 GCL・PBC承諾額推移
図1 GCL・PBC承諾額推移