ノンテクニカルサマリー

企業グループ内の資源再配分がマクロ経済の全要素生産性に与える影響

執筆者 深尾 京司(ファカルティフェロー)/金 榮愨(専修大学)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

終身雇用や年功序列賃金を特徴とする日本型雇用慣行の下では、中途採用のための労働市場の未発達や大企業の正規雇用解雇の困難さにより、企業間または企業グループ間の労働の再配分が妨げられている可能性が高い。日本経済の生産性動学に関する先行研究によれば、中小企業全体では再配分効果が重要である一方(例えば、池内他[2018])、大企業全体では内部効果が重要である(例えば、深尾他[2021]、金他[2023])との結果が得られている。正規労働者を中心に雇用が保障され、企業間労働市場における労働の流動性が低い日本では、大企業を中心に企業内労働市場が重要な役割を果たし、企業グループ内において、出向転籍や派遣による人材ポートフォリオの再配分や資金の貸借が行われている可能性が高い。従って、中小企業を含む企業間の再配分効果の一部は、グループ内の労働市場や資本市場における再配分によって生じている可能性がある。つまり企業間再配分効果のうちの一部は、市場の淘汰メカニズムとしてではなく、企業グループの意思決定の結果として捉える必要があるかもしれない。

本論文では、Foster, Haltiwanger, Krizan (2001) による生産性動学の分析方法に、企業グループの要因を加味することにより、産業全体の全要素生産性上昇における企業グループの貢献を明示的に考慮して分析している。具体的には、産業全体の全要素生産性(TFP)上昇を、独立企業や企業グループに属する企業内部の生産性上昇による内部効果に加え、企業グループ内企業間の資源再配分効果、同一産業内の企業グループ間および単独企業間の資源再配分効果などに分解した。企業間の資源の再配分効果はさらに、所有構造の変更(独立企業の買収と子会社の独立、企業グループ間の子会社の買収・売却などのM&A)を伴うものと伴わないものに分けている。これらの要因の相対的な重要度を、2000−2010年、2010−2018年の期間を対象に『経済産業省企業活動基本調査』のミクロデータを用いて計測した。

図 グループ企業間の資源再配分を考慮した生産性動学分析の結果(年率・%)
[ 図を拡大 ]
図 グループ企業間の資源再配分を考慮した生産性動学分析の結果(年率・%)
出典:『企業活動基本調査』により著者作成。

なおこの図では、付加価値ベースのTFP上昇ではなく、総生産ベースのTFP上昇を算出しているため、通常議論される付加価値ベースのTFP上昇と比べ我々の総生産ベースのTFP上昇は低めとなっていることに注意されたい(詳しくは、金・深尾・権・池内 [2023]を参照されたい)。

2000-2010年においては、企業グループによる貢献が生産性上昇全体の過半を占めていた。グループ企業の大きな内部効果に加え、企業グループ内での再配分効果、所有構造変更を伴う企業グループの産業内シェア変化による資源配分効果が生産性上昇に大きく貢献した。その背景としては、大企業が生産の海外移転や国際化、経営合理化等を進めたこと(深尾[2012]、深尾・金・権[2021])、1998年の商法改正により少数株主の権利が縮小され、M&Aなど所有構造の変更が容易になったこと、2003年に小泉改革の一環として労働者派遣事業の規制が緩和され、企業グループ内での派遣が増えたこと、等が指摘できる。

2010−2018年では全体的には2000-2010年に比べ生産性上昇が減速した(0.59%から0.41%へ)が、単独企業が係わる効果によって生産性上昇の過半が生み出された。減速の主因は、所有構造変化を通じて企業グループの産業内でのシェアが変化することによる資源再配分効果が大幅に減少したこと(0.17%から-0.02%へ)、グループ企業の内部効果(0.2%から0.11%へ)と、企業グループ内の再配分効果が大幅に減少したこと(0.15%から0.08%へ)などによる。

所有構造変更以外の要因により単独企業の産業内でのシェアが変化することによる資源再配分効果(0.11%と0.08%)は一貫して大きく、中小企業が多く含まれる単独企業間では市場競争を通じた淘汰が機能している可能性が高いと言えよう。

また、上場企業を中心とする企業グループ間、または企業グループと単独企業の間の資源再配分は、専らM&Aなど所有構造の変更を通じてであり、それ以外の再配分は極めて停滞している(両期間0%)。企業グループでは、正規労働者の雇用が保障されている場合が多いため、企業グループ内では転籍出向や派遣の形で、企業グループの外部との間ではM&A等を通じて雇用をある程度保障しながら労働の再配分が行われている可能性が指摘できよう。所有構造変更を通じない再配分が長期にわたって停滞している現象は、大企業を中心とした企業グループによる資源の再配分(調整)が、買収や子会社の売却を伴わない形では進んでいないことを示している意味する。これは雇用の保障を特徴とする日本型雇用慣行の限界を示しているのかも知れない。

なお企業間の資源再配分は、先にも述べたように労働だけでなく資本の企業間移動の容易さにも影響される。中小企業は大企業と比較して資金制約が厳しく、これが資源再配分を阻害している可能性も指摘できよう。例えば、深尾他(2014)が示したように、労働生産性の規模間格差のうちかなりの部分は、大企業の方が資本集約的であることに起因している。ただし本論文で対象とした長期経済停滞下の日本では、非伝統的な金融緩和政策や中小企業への信用保証制度の拡充政策が採られたこと、投資機会の減少を背景に多くの中小・中堅企業も活発に企業貯蓄を積み増したこと(深尾他 [2019])から判断して、中小企業の資金制約が資源再配分を阻害する効果は小さかったように思われる。この点の検証は、今後の課題としたい。

参考文献
  • Foster, Lucia, John C. Haltiwanger, Cornell John Krizan (2001) “Aggregate Productivity Growth: Lessons from Microeconomic Evidence,” in C.R. Hulten, E.R. Dean, and M.J. Harper (eds.), New Contributions to Productivity Analysis, The University of Chicago Press.
  • 池内健太・金 榮愨・権 赫旭・深尾京司(2018)「中小企業における生産性動学:中小企業信用リスク情報データベース(CRD)による実証分析」『経済研究』第69巻4号、pp.363-377、一橋大学経済研究所。
  • 金 榮愨・深尾京司・権 赫旭・池内健太(2023)「新型コロナウイルス感染症流行下の企業間資源再配分:企業ミクロデータによる生産性動学分析」経済産業研究所(RIETI)ディスカッション・ペーパー・シリーズ、No. 23-J-016。
  • 深尾京司(2012)『失われた20年と日本経済:構造的原因と再生への原動力の解明』日本経済新聞社。
  • 深尾京司・金 榮愨・権 赫旭(2021)「長期上場企業データから見た日本経済の成長と停滞の源泉」経済産業研究所(RIETI)ディスカッション・ペーパー・シリーズ、No. 21-J-027。
  • 深尾京司・金 榮愨・権 赫旭・池内健太(2021)「アベノミクス下のビジネス・ダイナミズムと生産性上昇:『経済センサス-活動調査』調査票情報による分析」深尾京司編『サービス産業の生産性と日本経済:JIPデータベースによる実証分析と提言』東京大学出版会。
  • 深尾京司・池内健太・金 榮愨・権 赫旭(2019)「企業貯蓄の源泉と使途に関する実証分析」経済産業研究所(RIETI)ディスカッション・ペーパー・シリーズ、No. 19-J-064。
  • 深尾京司・牧野達治・池内健太・権 赫旭・金 榮愨(2014)「生産性と賃金の企業規模間格差」『日本労働研究雑誌』第56巻8号、pp.14-29。