ノンテクニカルサマリー

チャイナ・ショックが日本企業の雇用に及ぼす影響に関する実証分析

執筆者 羽田 翔(日本大学)/権 赫旭(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

2000年以降、日本の全産業における雇用者数に占める製造業の割合は低下し続けている。2002年には約20%であった製造業従事者のシェアは、2014年には約16%へと低下している。同時に、2000年以降中国を筆頭とするアジア地域や、低所得国からの輸入が急増している。これら2つの現象は負の関係として確認できる。そのため、多くの先行研究によって中国からの輸入品との競合(チャイナ・ショック)が各国の雇用に与える影響について継続的に分析されている 。その中でも、Autor et al. (2013)の手法によって、チャイナ・ショックの地域間格差を分析に取り入れることが可能になったことにより、地域と産業の特性を考慮した実証分析が広く普及した。特に、都道府県によって産業や労働市場の特性が大きく異なる日本にとっては重要な手法となる。しかし、Autor et al. (2013)の手法は、各都道府県の産業特性によって中国からの輸入ショックを間接的に表現しているため、測定誤差の問題が含まれている可能性がある。例えば、A産業における中国からの輸入金額が日本全体で10億円であるとする。そして、A産業において日本全体の就業者数に占める東京都の就業者数の割合が30%であったとき、当該産業における東京都の中国からの輸入金額は不明であるため、東京都は当該産業において3億円分の中国からの輸入があったとして間接的に計測されている。

本研究では財務省『税関別品別国別表』と国土交通省『全国貨物純流動調査(物流センサス)』を使用することで都道府県別・産業別のチャイナ・ショック変数を計測し、チャイナ・ショックの地域間格差を明らかにすることを試みる。また、本変数はHS9桁分類から集計しているため、多くの先行研究が考慮できていなかった財の生産段階(中間財・最終消費財・資本財)ごとのチャイナ・ショックについても都道府県別・産業別に計測する。この点は本論文の貢献であると考える。また、チャイナ・ショックから受ける影響がジェンダーによって異なるかを明らかにするために、男女別の雇用成長とチャイナ・ショックの関係性についても実証的に分析する。

ここからは、中間財の輸入ショックの変化を概観する。図1には、中国からの製造品の輸入ショックについて、中間財の結果がまとめられている。中間財については、2002年において最も金額が大きかったのは愛知県の2,479億円であり、最も金額が少なかったのは高知県の40億円であった。また、愛知県、神奈川県、東京都、大阪府、千葉県の順番で輸入ショックが大きく、全体の輸入金額と比較するとその差は小さくなっている。次に、2014年において最も金額が大きかったのは東京都であり、7,374億円であった。そして、最も金額が少なかったのは高知県であり、161億円であった。上位5都府県については東京都、大阪府、愛知県、神奈川県、埼玉県の順番で輸入ショックが大きく、2002年よりも上位3都府県にショックが集中していた。

次に、都道府県間における輸入ショックの散布度がどの程度変化したかについて、変動係数によって概観する。輸入ショックの記述統計は表1にまとめられている。まず、世界からの輸入ショックについては変動係数の値が1.48から1.28へ低下していることから、2期間で散布度が減少していることが理解できる。次に、中国からの輸入ショックについても2期間で散布度が1.48から1.42へ低下しているが、その減少幅は小さい。つまり、世界からの輸入ショックと比較して、相対的に中国からの輸入ショックの方が地域間でバラツキがあることがわかる。財の特性ごとに変動係数を確認すると、中間財と資本財ではそれぞれ1.42から1.32、1.48から1.46へと低下している。一方、最終消費財については1.57から1.60へと上昇している。つまり、中間財と資本財については地域間のバラツキが減少し、最終消費財については地域間でのバラツキが増加していることが理解できる。

図1 中国からの製造業品の輸入ショック(中間財)
[ 図を拡大 ]
図1 中国からの製造業品の輸入ショック(中間財)
出所:財務省「貿易統計」及び国土交通省「全国貨物純流動調査(物流センサス)」の数値を参考に筆者作成。
注:本指標は色が濃くなるほど金額が大きい、つまりショックが大きいことを意味する。
表1 生産段階別輸入ショックの記述統計量
[ 図を拡大 ]
表1 生産段階別輸入ショックの記述統計量
注:輸入金額の単位は1億円である。

最後に、男女別の雇用成長とチャイナ・ショックの関係性について見る。冒頭でも確認したように、2002年以降、中国からの輸入シェアと日本の製造業従事者が全体に占めるシェアは負の相関を示している。これらの関係を統計的に明らかにするために、本研究は、2002年から2014年における日本における事業所を対象とする実証分析から、チャイナ・ショックが雇用成長に与えた影響を明らかにした。まず、中国からの中間財輸入の増加は日本企業の短期的な雇用成長を促す要因となっている。中国からの中間財を生産へ投入することはGVCs(グローバル・バリュー・チェーン)への参加を意味し、世界の供給網に参加することで事業所の雇用を成長させていることが示唆された。しかし、1期ラグのシェア変数で分析した場合、負の符号がついていることから、元々他国から輸入していた製品が中国製の中間財に取って代わられた場合、長期の雇用成長には負の影響がある可能性が示唆された。この結果は、単独事業所には当てはまらず、複数事業所の結果を反映していることから、事業所間や事業所・本社間、そして日本と海外支社との雇用調整の結果とも解釈できる。しかし、事業所単位ではなく、企業単位での雇用成長を促しているのかについて確認するためには、事業所間の雇用調整や、短期で雇用調整が可能な非正規雇用者などの要素を分析に加えることで議論する必要がある。最後に、中国からの資本財は日本の雇用成長に負の影響を与えていることが示され、この負の影響は、特に女性労働者に当てはまる可能性が示された。

これらの結果は、日本企業の雇用成長を達成させるためには、GVCsに参加し、主にアジア地域や低所得国からの中間財を投入することが重要であることを示している。そのためには、不要な貿易障壁の削減など、より自由で開かれた貿易政策が必要となる。一方、複数の事業所を展開する企業については、長期的には中国からの中間財輸入が雇用成長を停滞させる可能性が示唆されたが、この負の効果を明らかにするためには追加的な分析が必要となる。また、資本財の輸入については、特に女性の雇用成長を阻害する可能性が示唆された。そのため、労働者や産業の特性を考慮し、同業種内・異業種間の労働移動を促進させるような政策が必要となると考える。これらの点に注意する必要がある。

参考文献
  • Autor, D., Dorn, D. and Hanson, G. (2013). The China Syndrome: Local Labor Market Effects of Import Competition in the United States. American Economic Review, 103 (6), pp.2121-2168.