ノンテクニカルサマリー

不確実性と企業の価格設定

執筆者 森川 正之(所長・CRO)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

1.趣旨

世界的にインフレ率が高まる中、企業の価格設定行動への関心が高まっている。特に日本では資源・エネルギー価格の上昇及び為替レートの円安化を背景に、投入財価格上昇の販売価格への転嫁(パススルー)が注目されている。一方、世界金融危機、新型コロナ危機、ロシアのウクライナ侵攻に起因するグローバル・サプライチェーン問題など、企業にとっての不確実性ショックが頻繁に生じており、企業の価格設定行動にも影響している可能性がある。こうした状況を踏まえ、本稿は、「日銀短観」のオーダーメード集計データを使用して、企業の価格設定の不確実性に関する観察事実を提示する。

2.データと分析方法

「日銀短観」の2013年12月調査から2022年6月調査を対象に、前期における先行き予測と当期の現状判断をクロス集計した結果を利用し、販売価格及び仕入価格判断の①絶対予測誤差(ABSFE)、②予測誤差分散(FEDISP)を計算する。これらは企業サーベイに基づく不確実性指標として頻繁に使用されているが(e.g., Bachmann et al., 2013; Morikawa, 2016)、価格判断のデータに利用するのが本稿の特長である。ABSFEFEDISPいずれも大きい値ほど予測時点における価格の先行き不確実性が高かったことを意味する。

販売価格判断、仕入価格判断、国内需給判断についてDI(ディフュージョン・インデックス)と不確実性指標の時系列を作成した上で、販売価格DIを仕入価格DI及び国内需給DI並びに仕入価格の不確実性で説明する回帰を行う。また、販売価格DIという主観的判断ではなく現実の企業物価指数の変化対象に同様の推計を行う。仕入価格の不確実性が販売価格に対してどういう関係を持っているのかが関心事である。

3.結果の要点と含意

結果の要点は以下の通りである。第一に、販売価格及び仕入価格の不確実性は、資源・エネルギー価格が高騰した後に世界金融危機に直面した2008年後半に顕著に増大したが、その後は比較的落ち着いた動きが続き、コロナ危機下でも低位にとどまった(図1参照)。第二に、販売価格の不確実性は、仕入価格の不確実性と強い関係を持っており、需給の不確実性との関係よりも顕著である。第三に、仕入価格の不確実性は、企業の販売価格を抑制する方向に作用している(図2参照)。

この結果は、コスト上昇局面において、仕入価格の不確実性が販売価格へのパススルーを抑制することを意味しており、企業の価格設定におけるwait-and-seeメカニズムの存在と整合的である。コスト上昇を適切に価格転嫁すべきとの議論がしばしば行われるが、仕入価格の先行き不確実性の存在は、それを難しくする要因となることを示唆している。

図1. 仕入価格・販売価格の不確実性の動向
図1. 仕入価格・販売価格の不確実性の動向
図2. 仕入価格の不確実性と企業物価
図2. 仕入価格の不確実性と企業物価
(注)推計結果に基づき、仕入価格の不確実性1標準誤差の企業物価(CGPI, SPPI)への効果を図示。
参照文献
  • Bachmann, Rüdiger, Steffen Elstner, and Eric R. Sims (2013), “Uncertainty and Economic Activity: Evidence from Business Survey Data,” American Economic Journal: Macroeconomics, 5 (2), 217-249.
  • Morikawa, Masayuki (2016), “Business Uncertainty and Investment: Evidence from Japanese Companies,” Journal of Macroeconomics, 49, 224-236.