ノンテクニカルサマリー

日本企業の不確実性:世界金融危機とコロナ危機の比較を中心に

執筆者 森川 正之(所長・CRO)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

1.趣旨

近年、世界金融危機、東日本大震災、コロナ危機、ロシアのウクライナ侵攻など大きな不確実性ショックが頻繁に発生している。並行して、不確実性に関する経済分析も急速に進展している。家計や企業が直面する不確実性は、統計データなどから直接観測することができないため、様々な不確実性の代理変数が開発されてきた。

本稿は、日本の代表的なビジネス・サーベイである「日銀短観」のオーダーメード集計データを使用し、日本企業が直面してきた不確実性の動向を、世界金融危機とコロナ危機の比較を中心に概観するとともに、不確実性と設備投資の関係を推計する。ここで作成する不確実性指標は、事前の予測と事後的な実績を比較した「予測誤差」をもとに、予測時点の不確実性を把握するという考え方に基づくものである(Bachmann et al., 2013)。

「日銀短観」の業況判断を例にとると、四半期先の見通しと現状について「良い」、「さほど良くない」、「悪い」という3つの選択肢から選ぶ形式となっている。例えば、前期における予測が「良い」で、当期の現状判断が「悪い」の場合、その企業の予測誤差は負ということになる。逆に正の予測誤差の企業も同時に存在する。それらの企業レベルの情報を集計することで、日本の企業部門全体の予測時点における不確実性の代理変数(①絶対予測誤差、②予測誤差分散)を計算できる。オーダーメード集計は産業(製造業、非製造業)、企業規模(大企業、中堅企業、中小企業)別に行うことが可能なので、全産業・全規模のほか、産業、企業規模別の不確実性指標を作成する。

分析手法は2014年までの期間を対象としたMorikawa (2016)に準拠しているが、コロナ危機をカバーする2022年半ばまで延伸するとともに、業況判断以外の判断項目を含める形で拡張するものである。

2.結果の要点と含意

過去約20年間の業況判断DI(ディフュージョン・インデックス)と不確実性指標(全規模・全産業)の時系列での動きを見ると、世界金融危機とコロナ危機の際にDIが大幅に悪化するとともに、不確実性が増大したことが確認できる(図1参照)。ただし、世界金融危機時の方が業況悪化はずっと大きく、コロナ危機時の方が不確実性指標の増大が顕著である。世界金融危機と比較してコロナ危機が不確実性ショックという性格を強く持っていたことを示唆している。

不確実性指標の動きを産業別にプロットしたのが図2である。一般に製造業の方が非製造業よりも不確実性が高い傾向にあり、世界経済危機の際は製造業の不確実性増大が顕著だった。一方、コロナ危機時には、製造業、非製造業とも不確実性が大きく増大した。非製造業の中には新型コロナの負の影響を強く受けた宿泊・飲食サービス、娯楽サービス、運輸業といった業種が含まれる一方、情報通信業、オンライン小売業など想定外の正の影響を受けた業種も存在する。感染者数の動向、「緊急事態宣言」の発動や解除のタイミングなど、先行きの業況予測を難しくする様々な要因があったものと考えられる。

図1.業況判断DIとその不確実性
図1.業況判断DIとその不確実性
(注)全産業・全規模を対象に作図。不確実性指標は絶対予測誤差(ABSFE)を使用。
図2.製造業と非製造業の不確実性
図2.製造業と非製造業の不確実性

業況判断以外の判断項目を見ると、設備や雇用の過剰感自体は世界金融危機の方がコロナ危機よりもずっと大きかったが、それらの先行き不確実性は世界金融危機では設備過不足、コロナ危機では雇用過不足の不確実性の高まりが大きかった。不確実性と設備投資の関係を推計すると、国内需給や設備過不足の先行き不確実性は、現実の設備投資と負の関係を持っている。不確実性の高まりが「様子見」(wait-and-see)メカニズムを通じて経済にネガティブな影響を持つことを確認する結果である。

世界経済、日本経済は今後も様々な不確実性ショックに晒される可能性がある。経済主体が直面する不確実性をタイムリーに把握し、それが深刻化することを回避するようなマクロ経済運営を行うことの重要性が示唆される。

参照文献
  • Bachmann, Rüdiger, Steffen Elstner, and Eric R. Sims (2013), “Uncertainty and Economic Activity: Evidence from Business Survey Data,” American Economic Journal: Macroeconomics, 5 (2), 217-249.
  • Morikawa, Masayuki (2016), “Business Uncertainty and Investment: Evidence from Japanese Companies,” Journal of Macroeconomics, 49, 224-236.