ノンテクニカルサマリー

経営者のタームリミット制の導入と企業価値

執筆者 石田 惣平(立教大学)/鈴木 健嗣(一橋大学)/西村 陽一郎(中央大学)
研究プロジェクト 企業統治分析のフロンティア
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

融合領域プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業統治分析のフロンティア」プロジェクト

取締役による経営者の選解任は、有能でない経営者や機会主義的行動をとる経営者を交代させる仕組みと言え、コーポレートガバナンスの中でも最も重要な意思決定の1つである。日本では、経営者の多選禁止、特定の任期での交代(以下タームリミット制)を導入している企業が数多く存在している。タームリミット制自体は経営者交代に関わらずあらゆる場面で用いられている。例えば、監査法人、VC・PEファンド、そして国のトップである大統領などにおいてもタームリミット制が導入されている。その理由としてはトップの独裁の弊害、関係者との癒着、モラルハザードを防ぐことなどが考えられる。権力が強い経営者を交代させることは極めて困難である。権力が強い経営者は親密な、もしくは従属的な取締役に囲まれている場合が多く、解任を通じたガバナンスが機能しない可能性があるためである。そのため、権力の強い経営者による独裁を食い止めることは難しい。たとえ、交代がなされたとしても交代後には組織に大きな混乱をもたらす傾向にある。前もって経営者の任期が決まっていれば、独裁者による弊害を食い止めやすく、経営者交代の準備が計画的に行われるため組織の混乱は生じにくい可能性がある。

本稿はこうした考えのもと日本のタームリミット制について実証分析を行った。まず、タームリミット制の導入理由(決定要因)について検証した。検証結果からは、金融機関持ち株比率が低く、高学歴な経営者候補が多く、研究開発型の企業ほどタームリミット制を導入していることが分かった。こうした結果に対して、いくつかの解釈ができる。先行研究によると、株式持ち合いが行われ取締役会が社内に限定されると、経営者の解任がスムーズに行われにくい。そのような中、業績が悪化した場合に経営者の解任を促していたのはメインバンクと言われる金融機関であった。本稿の結果は、そうした金融機関のガバナンスが効きにくい企業(金融機関持ち株比率が低い)ほど、タームリミット制度が導入されやすく、金融機関ガバナンスと代替的に用いられてきた可能性を示唆している。また、有能な候補者(高学歴な経営者候補者)が社内に揃っている企業ほどタームリミット制を導入するという結果からは、タームリミット制で頻繁に行われる経営者交代時のコストが小さい企業ほど導入しがちであると解釈できる。そして研究開発型企業でタームリミットが導入されているという結果からは、経営者交代直後の機会主義的行動や在任期間の長期化による損失が大きくなりがちな企業ほど、タームリミット制を導入するという考えと整合的である。

次にタームリミット制が企業価値に及ぼす影響について検証した。タームリミット制を導入していない企業では経営者の在任期間と企業価値の間に逆U字型の関係がみられた(図1パネルA参照)。これは先行研究と同様に、交代による組織内での混乱、エージェンシー問題の悪化、戦略の硬直化により、就任直後および長期在任時に企業価値が低くなるという考えと整合的であった。一方で、タームリミット制を導入している企業では在任期間と企業価値の間には逆U字の関係はみられないことが分かった(図1パネルB参照)。タームリミット制導入企業の平均交代年数は4.15年であり、在任期間の長期化による企業価値低下の前に交代が行われがちであると解釈できる。また、タームリミットにより経営者交代初期における組織の混乱を抑えることができ、新経営者就任当初の業績の落ち込みも小さいという考えと整合的であった。

日本では、終身雇用、年功序列という雇用体系により入社から退社まで社内で完結する企業が多くみられる。その結果、日本社会では、社外経験のある経営者人材は少なく、いまだ経営者市場は十分に機能しているとは言えない。権力を持った経営者を交代させることは極めて難しく、特に、株式持ち合いや取締役が社内の人材で構成されている場合はより困難となる。本稿の結果は、日本の経営者市場やガバナンスの状況下において、独裁や組織混乱の弊害を防ぐべく、タームリミット制が存在している可能性が高いことを示唆している。経営者のモラルハザードが頻繁に生じる米国においても、市場ガバナンスが十分に機能しているとは言い難い。経営者、外部取締役市場が十分ではない日本ではなおさらである。日本社会の状況をふまえ日本企業の経営者の任期がいかにあるべきか、本論文はタームリミット制の検証を通じて示唆を与えている。

図1 社長任期と企業価値との関係
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図1 社長任期と企業価値との関係
図1 社長任期と企業価値との関係