執筆者 | 金 榮愨(専修大学)/深尾 京司(ファカルティフェロー)/権 赫旭(ファカルティフェロー)/池内 健太(上席研究員(政策エコノミスト)) |
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研究プロジェクト | 東アジア産業生産性 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト
COVID-19流行下の経済では、小売業や運輸業、飲食店・旅館業等、一部の非製造業への需要減少、グローバルな感染拡大による国際貿易の停滞、在宅勤務等による情報通信サービスへの需要増加、など需要の大幅なシフトが起きた。米国など雇用の流動性が高い諸国では、産業間・企業間で活発な資源再配分が起きたことが知られている。日本の場合には、大企業を中心に正規雇用の解雇が困難であること、政府が雇用調整助成金やコロナ特別貸し付けにより既存の雇用維持、倒産防止を図ったことなどにより、需要シフトに対応した企業間の資源再配分が円滑に進まなかった可能性がある。本研究では、東京商工リサーチの企業財務データを用いて、日本の民間生産活動全般を対象に、コロナ禍で企業間資源再配分がどのように変化したかを、生産性動学分析及びゾンビ企業のシェアの動向を計測することで分析した。
図1は、製造業及び非製造業について、中小企業と大企業に分けた4グループ別に、TFPに関する生産性動学分析を行った結果である。
まず存続企業内でのTFP上昇の寄与を表す内部効果については、TFP上昇の源泉のうちで比較的大きく、景気変動に対応して大幅に変動した。COVID-19流行期を含む2018-21年には、非製造業の大企業において内部効果が年率平均でマイナス0.8%と大きな負の値を記録した。TFPは3年間で2.4%下落したことになる。また非製造業の中小企業や製造業の大企業でもこの期間には内部効果は負であった。ただし製造業の中小企業においては、内部効果は年率0.2%を越える正の値を記録した。
次にTFPが上昇した企業が生産を拡大し、TFPが下落した企業が生産を縮小することによる産業全体のTFP上昇への寄与を表す共分散効果について見ると、常に大きなプラスであり、非製造業で特に大きかった。生産を拡大した企業がTFPも上昇させるという市場の淘汰メカニズムが、非製造業で特に機能している可能性が高い。COVID-19流行期を含む2018-21年には、4グループ全てで、共分散効果は比較的大きなプラスの値であり、この危機の時期に各グループのTFP上昇を下支えする重要な役割を果たした。また2012-18年の時期と比較して2018-21年には、4グループ全てにおいて共分散効果は拡大した。
TFP水準が高い企業が生産を拡大したり、TFP水準が低い企業が生産を縮小したりすることが産業全体のTFPを上昇させる寄与を表すシェア効果は、共分散効果よりは小さい傾向があるものの、多くのケースで正の値であった。COVID-19流行期を含む2018-21年には、4グループ全てでシェア効果は比較的大きなプラスの値であり、共分散効果と同様にTFP上昇を下支えする役割を果たした。
参入退出効果については、ほぼ常に参入効果は正、退出効果は負であった。すなわち、生産性の高い企業の誕生が産業全体のTFPを上昇させる一方、生産性の比較的高い企業が倒産・廃業・買収や吸収合併されること等によりデータから消えたことが、産業全体のTFP上昇を下落させた。正の参入効果と負の退出効果は、中小企業において比較的規模が大きかった。
最後に、当該産業の既存企業と比較して生産性の高い企業が転業により他産業から当該産業に参入することによる業種転換効果(In)や、当該産業の既存企業と比較して生産性の低い企業が転業により当該産業から他産業に退出することによる業種転換効果(Out)を見ると、多くのケースでスイッチ・イン効果は正、スイッチ・アウト効果は負であった。これは、転業する企業が退出する産業、参入する産業双方において、平均的な企業よりもTFP水準が高い傾向があることを反映している。
図2では、インタレスト・カバレッジ・レイショが当該年及び過去3年にわたって1未満である企業をゾンビ企業とみなして、総従業者に占めるゾンビ企業のシェアの推移がまとめてある。図ではゾンビ企業を、雇用を増やしているか否か及び中小企業か否かの4ケースに分けて示した。
ゾンビ企業の割合は2011年にピークに達した後、徐々に低下した。COVID-19が流行した2020年以降やや増加が見られるが、2009年から2011年にかけての急増と比較すると2020-21年の増加は著しくなかった。またゾンビ企業の中には、雇用を増やしている成長企業がかなりの程度含まれていた。ただし、より最近の動向を理解するため、インタレスト・カバレッジ・レイショが当該年及び過去2年にわたって1未満である企業をゾンビ企業とみなして、ゾンビ企業のダイナミクスを分析すると、2021年には全企業のうち9%が新たにゾンビ企業に移行するなど(論文中の表4.4および図4.6参照)、危惧される変化もあった。なお、2013年以降のアベノミクスによる非伝統的金融緩和政策により極めて低い市場金利が続いたため、2013年以降ゾンビ企業が見かけ上減っている可能性があることに留意する必要がある。
以上の結果を要約すると、COVID-19流行期を含む2018-21年には、大企業では雇用が硬直的であることをおそらく背景として、大企業において大きなマイナスの内部効果が生じ、TFPが下落したり(非製造業の場合)、TFP上昇が減速したりした(製造業の場合)。一方中小企業では、共分散効果、シェア効果および参入効果によって、TFP上昇は、製造業、非製造業共にプラスであった。特に製造業では中小企業のTFP上昇が、2018-21年にはそれ以前と比較して加速した。規模の小さい低生産性ゾンビ企業の残存によって、COVID-19流行下で市場の淘汰機能が低下したとは必ずしも言えない。
生産要素投入の企業間再配分を通じたTFPの上昇という視点から見ると、日本で特に問題が深刻なのは、雇用が比較的保障された大企業であると考えられる。ただし、非製造業を中心に中小企業において、TFPについて比較的大きな負の退出効果が観察される点は、今後も注視すべき現象であろう。