執筆者 | 森川 正之(所長・CRO) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)
1.趣旨
近年、世界金融危機、大規模自然災害、新型コロナ危機、ロシアのウクライナ侵攻など大きな不確実性ショックが頻繁に生じている。中長期的な将来への期待とその不確実性は、企業の研究開発、事業再編、従業員の採用といった投資決定、家計の消費・貯蓄行動、労働者の就職・引退や人的資本投資など経済主体の重要な意思決定を左右する。
不確実性への関心が高まる中、様々な代理変数が提案され、研究に利用されているが、企業・家計といった経済主体が直面する不確実性は、主観的な不確実性を確率分布の形で直接に尋ねるのが望ましい方法だと考えられている。しかし、一般国民を対象に数年先といった中期的なマクロ経済の不確実性をこうした形で調査した例はない。また、専門家ではない一般個人の経済予測の主観的な信頼区間を事後評価して、信頼区間が広すぎる(慎重すぎる)のか狭すぎる(自信過剰)のかを明らかにした研究は、筆者の知る限り存在しない。
こうした状況を踏まえ、本稿は、将来予測の信頼区間を尋ねる形の設問を含むサーベイ(2016年)のデータに基づき、国民の中期経済成長予測とその主観的不確実性、事後的な予測誤差について新しい観察事実を提示する。
2.結果の要点
主な結果は次の通りである。①国民の中期的な経済成長予測(2016~2022年)の平均値はゼロ成長に近く、予測時点では悲観的に見えたかもしれないが、事後評価すると政府、民間エコノミスト、企業の同じ時期に行われた予測に比べてはるかに精度が高かった(表1参照)。新型コロナの影響がなかったと想定しても、民間エコノミストや企業の予測と同程度の絶対予測誤差である。②国民の経済成長予測の主観的不確実性(90%信頼区間)を事後評価すると、不確実性を過度に高く/低く見積もる傾向はなく、信頼区間の幅としての妥当性も高かった。③個人特性による違いは総じてさほど顕著でないが、高齢層は予測経済成長率が低めで、その不確実性を高く見積もる傾向があり、事後的な予測誤差がいくぶん大きかった(図1参照)。④低い予測経済成長率は貯蓄志向と正の関係があるが、予測の主観的不確実性と貯蓄志向の統計的に有意な関係は確認されなかった。
一般国民を対象に、経済成長率の点予測値の精度だけでなく、主観的信頼区間の妥当性を事後評価した点が本稿の一つの貢献である。ただし、一時点のサーベイに基づく分析という明らかな限界があり、また、新型コロナの影響を受けた時期が予測期間に含まれていることに注意する必要がある。
3.含意
国民が2016年の時点で新型コロナ感染症の発生を想定していたことは考えられないが、ゼロ成長という一見悲観的な予測は結果的に見ると誤りではなかった。また、主観的不確実性の幅も、事後的に見ておおむね妥当なものだった。想定外のショックが頻繁に生じる中、国民は生活設計の前提として中長期的に起こりうる様々な可能性を織り込んでいたと見ることもできる。悲観的な将来予測は、自己実現的に経済成長率を低下させるかもしれない。国民の期待成長率を高めることは容易でないが、政府が示す過大な成長見通しはクレディブルでなくなっており、実効性のある生産性向上政策などの実績を重ねていくこと、不確実性ショックが生じた際の適切な対応が重要だと考えられる。