執筆者 | 林 可欣(東京工業大学)/木村 遥介(東京工業大学)/井上 光太郎(東京工業大学) |
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研究プロジェクト | 企業統治分析のフロンティア |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
融合領域プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業統治分析のフロンティア」プロジェクト
本研究は、大手機関投資家4社からの提供による2017年から2020年の間の日本企業に対するエンゲージメント(機関投資家による特定の目的をもった投資先企業の経営者との対話)のデータを用いた実証研究である。エンゲージメントは、投資先企業のコーポレートガバナンスに関するガバナンスエンゲージメント、環境対策に関する環境エンゲージメント、各種ステークホルダーとの関係に関する社会エンゲージメントなどに分かれるが、特に本研究は環境、社会面のエンゲージメントに分析対象を置いた。具体的には大手機関投資家がどのような企業を環境・社会面のエンゲージメント先として選択しているか、そしてエンゲージメント対象企業の環境・社会面にどのような効果を持つか検証した。分析対象とした大手機関投資家4社(外資系2社、日系2社)の分析対象期間のエンゲージメント2832件に対し、32%に当たる898件が環境・社会面のエンゲージメントであった。
そもそも幅広い分散投資を行う大手機関投資家は、フリーライダー問題と外部性問題から個別企業に対する環境・社会面のエンゲージメントを行う経済的動機は低いと予測される。ここでフリーライダー問題とは、企業の株式保有構造が分散化しているため、各株主は自分自身でエンゲージメントを行う動機を持たず、他の株主の行動にフリーライドすることを試みることである。実際にはどの株主も同様に行動を行わず、株主からのエンゲージメントは行われないことが懸念される。
これに対し2017年の改訂スチュワードシップコード、これを受けた日本最大のアセットオーナーであるGPIFの2017年のスチュワードシップ活動原則の導入により、アセットマネージャーである大手機関投資家はエンゲージメントに対する経済的動機付けをされたと期待できる。実際、各機関投資家のエンゲージメントの履歴データから、2017年以降に大手機関投資家のエンゲージメント回数が急増し、記録も充実するなど、エンゲージメントに関する活動が活発化したことが確認できた。
分析の結果、機関投資家によるエンゲージメント対象企業の選択に関しては、アクティブファンド、パッシブファンドとも、それぞれのポートフォリオにおける投資比率の大きい企業に対して集中的にエンゲージメントが行われていることを確認した。また、ガバナンスエンゲージメントと、環境や社会面のエンゲージメントのターゲット企業は多くの場合重複していることが判った(ガバナンスエンゲージメントを受けた企業の一部が環境や社会エンゲージメントを受ける傾向がある)。エンゲージメントのターゲット企業(エンゲージメントを受けた企業)の性格を見ると、ガバナンスエンゲージメントのターゲット企業の中でも、特に資本効率の良い企業、ガバナンス体制や環境・社会面の情報開示に相対的に優れている企業に対して、機関投資家は環境・社会面のエンゲージメントを行うことが明らかとなった。これは、ガバナンスや資本効率の劣った企業に対して、機関投資家はガバナンスエンゲージメントを実施するというHidaka, Ikeda, and Inoue (2023PBFJ, 2021RIETI DP)の結果と比較すると、環境、社会面のエンゲージメントのターゲット企業では、ガバナンスのみに関するエンゲージメントを受ける企業と性格に違いがあり、機関投資家はエンゲージメントのテーマに優先順位があることを示す。また、アクティブファンドはパッシブファンドに比較して環境・社会面のエンゲージメントに対して積極的であることを確認した。
エンゲージメントの効果について分析したところ、環境面に関するエンゲージメントを行った企業では、事後的に長期的なCO2排出量削減目標が設定され、実際に事後期間におけるCO2排出量が有意に低下することを確認した。この環境面への効果はガバナンスエンゲージメントのみを行った企業では確認できず、環境エンゲージメントに固有の効果であることが示唆された。ここで事後的な効果とは、他の要因を考慮した上で、エンゲージメントを受けた企業で、エンゲージメントを受けていない企業との比較において、エンゲージメント後の期間においてのみ統計上有意な差異が確認できることを指す。
一方で、社会エンゲージメントを受けた企業とガバナンスエンゲージメントのみを受けた企業においては、いずれのターゲット企業においても事後的に女性役員比率が向上するとの結果を得た。企業価値(トービンのQ)への効果に関しては、ガバナンスエンゲージメントの繰り返された先では改善効果が確認できたが、環境および社会エンゲージメントでは有意な改善効果は確認できなかった。この結果はエンゲージメントのテーマ別に異なる効果を持つことを示唆する。また、環境、社会面のエンゲージメントは、それぞれの側面への改善効果を持つが、株主価値を減じるものでなく、機関投資家の受託者責任に反するものではないことが確認できた。
本研究の貢献は、環境・社会面のエンゲージメント活動が、パッシブファンドに比較してアクティブファンドで活発であること、実際にその対象企業の環境、社会面の改善に向けた行動に効果を持つことを、複数の機関投資家のエンゲージメント活動データで明らかにしたことにある。