執筆者 | 深井 太洋(筑波大学)/川口 大司(ファカルティフェロー)/近藤 絢子(ファカルティフェロー)/横山 泉(一橋大学) |
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研究プロジェクト | 賃金格差と産業ダイナミクスの関係 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
人的資本プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「賃金格差と産業ダイナミクスの関係」プロジェクト
背景
働き方が多様化し、短時間労働、有期契約、派遣労働といった典型的ではない契約の下で働く労働者が世界で増えている。彼らの賃金の低さや雇用の不安定性が問題視され、様々な政策的な対応がとられるようになってきているが、非典型契約の下で働く労働者が典型契約の下で働く労働者と何が異なるのかは明らかになっていない。
目的と方法
この論文では非典型契約と典型契約の下で働く労働者は、企業とのマッチングの重要性が異なるという仮説を検証する。ある労働者が企業特殊的な技能を持つとすると、その企業とのマッチングが重要であることを意味する一方で、その労働者がどの企業でも通用する一般的な技能を持つとするならば、その企業とのマッチングは重要ではない。
企業が外部環境の変化がもたらすショックに対して労働投入をどのように調整するかは、労働者と企業のマッチングの重要性に大きく依存する。労働市場の摩擦が小さく、労働者の技能が一般的であれば、不況期には労働者を解雇し、好況期には雇用を拡大することで対応する。その一方、労働市場の摩擦が大きく、労働者の技能が企業特殊的であれば、景気回復後の労働者の調達が難しいことが予想されるため、不況期に労働者を保蔵することが予測される。さらに労働者の技能が企業特殊的であれば、労働者の賃金は競争的賃金を上回っている余地があり、企業が外部環境の変化がもたらすショックの一部を賃金変動で労働者に転嫁することも考えられる。
本研究では複数の企業データを接合することによって、企業がショックに対して雇用並びに賃金をどのように調整するかを労働者の雇用形態ごとに明らかにした。具体的には「賃金構造基本統計調査」と「工業統計調査」・「商業統計調査」・「企業活動基本調査」を「経済センサス」の情報をキーとしてマッチし、企業―労働者マッチデータを作成した。企業ごとに異なる国際貿易への依存度という要因と為替レート変動を組み合わせることで、外生的なショックが非正規・正規の人数だけでなく、彼らの労働時間や賃金にどのような影響を与えるかを労働者属性ごとに分析した。
結果
為替レート変動が派遣労働者の雇用にどのような影響を与えたかを示すのが上記の図1である。黒い線は実質実効為替レートで、この値が高いほど円高であることを示している。赤い線は輸出企業の一社当たり平均派遣労働者数であり、緑の線は非輸出企業のものである。これを見ると輸出企業において、円高になると派遣労働者数が減り、円安になると派遣労働者が増えるという関係があることがわかる。そのような傾向は非輸出企業においては見られない。
次に為替レート変動が賃金に与える影響を見てみる。ここでは賃金の中でも特に変化しやすいとされるボーナスについて一人当たりのボーナス年額の時系列に注目する。図2には、先と同じく黒い線が実質実効為替レート、赤い線が輸出企業、緑の線が非輸出企業の平均ボーナス額の時系列が図示してある。これを見ると輸出企業において、為替レートと平均賞与額が逆相関していることが明らかである。すなわち輸出企業は円高のショックをボーナスカットで乗り越えているといえる。
論文の中では、より精緻な回帰分析を行ったが、派遣労働者に関しては数量調整が行われ、直接雇用の労働者に関しては賃金調整が行われるという形で、非対称的な労働調整が行われていることが分かった。この非対称性は、正規労働者と企業の間にマッチ特殊的な要素があることを示唆している。
この研究では、企業の雇用並びに賃金調整を分析することによって、企業と労働者の間の関係の特殊性が典型的な雇用契約の労働者においては重要であることを示唆する結果を得た。この分析結果から直ちに政策的な含意を導き出すことは容易ではないが、典型雇用契約の下で働く労働者と非典型雇用契約の下で働く労働者の間には、マッチングの重要性の相違という根源的な違いがあり、それが雇用の安定性や待遇の差につながっていることが示唆される。したがって、典型雇用で働く労働者と非典型雇用で働く労働者の間の差異を、企業による同質な労働者の差別的な取り扱いであるとし、その差別を是正しようとする労働政策は、政策効果が限定的なものとならざるを得ないことが予想される。