ノンテクニカルサマリー

中小企業向け公的信用保証制度と資金配分の関係:日本のデータによる実証分析

執筆者 鶴田 大輔(日本大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

本論文は、公的信用保証制度が中小企業への資金配分を向上していたかどうか、実証的に分析を行った。中小企業向け貸出市場において、貸し手である金融機関と借り手である中小企業の間の情報の非対称性の問題は深刻である。そのため、大企業と比べて中小企業の資金制約は強いことが多くの論文で指摘されている。(Berger and Udell, 1998; Beck et al., 2005, 2006等)この資金制約により、中小企業は正味現在価値(NPV)を生み出す有益な投資であっても十分な資金調達ができず、企業成長が阻害される可能性がある。このような問題を緩和するために、様々な先行研究(Smith, 1983; Mankiw, 1986; Gale, 1991等)は、中小企業向けの公的な信用保証制度が中小企業に対する資金供給を促進し、社会厚生を改善させる可能性があることを示している。

公的信用保証制度は、政府や地方自治体が出資する信用保証協会が、民間金融機関の融資に対して信用保証を行う制度である。信用保証制度を利用している場合、借り手である中小企業が債務不履行に陥った際、信用保証協会が代わりに返済を金融機関に対して行う。そのため、金融機関は信用保証制度を活用することで、低リスクで中小企業向け融資を行うことができる。Storey (2008)によると、公的信用保証制度を含む中小企業政策は市場の失敗の存在がある場合に正当化される。Mankiw (1986)が主張しているように、公的信用保証制度は市場の失敗によって引き起こされる信用制約を緩和することで、NPVを生み出す企業に対して融資を促進できれば、社会厚生を改善することができる。仮に資金配分の改善機能を公的信用保証制度が担っていたとすれば、高い付加価値を生み出す産業に対して信用保証制度に資金が配分されていたと考えられる。

一方、公的信用保証制度は中小企業に対する資金配分を歪める可能性もある。第一に、信用保証制度が金融機関の情報生産活動を阻害し、付加価値を生み出さないリスクが高い中小企業への資金配分を促進する可能性がある。金融機関が信用保証制度を利用せずに融資を行う場合、中小企業を融資実行前に十分な審査を行い、融資実行後においてもモラルハザードを防止するためにモニタリングを行う必要がある。審査、モニタリングは金融機関の情報生産活動であり、情報の非対称性が存在する市場の効率性を向上させる。しかし、金融機関が信用保証制度を利用し融資を実行すると、仮に中小企業が債務不履行に陥っても金融機関は損失を被らないため、事前の審査や融資後のモニタリングのインセンティブが失われる。そのため、借り手による付加価値を生み出さない投資の実行を防止できない可能性がある。また、信用保証制度を利用しなければ実行しなかったリスクが高い企業に対して、信用保証付き融資を行うかもしれない。

第二に、公的信用保証制度が社会政策の一環として機能していた可能性である。このような場合、経済的状態が悪化した企業に対して信用保証付き融資がより多く提供されるであろう。市場の失敗が深刻でなくても信用保証付き融資が提供され、付加価値を生み出さない経済的困窮に陥った中小企業向けに信用保証付き融資が利用される可能性がある。したがって、このようなケースでは、信用保証融資と付加価値との関係は負の関係にあると考えられる。また、信用保証付き融資は保証承諾後のデフォルトを増加させると考えられる。

信用保証制度が中小企業への資金配分を向上させていたかを明らかにするために、本論文は1968年から2005年までの日本の地域別(信用保証協会別)、産業別、年別データを使用して、付加価値と信用保証額との関係を実証的に明らかにした。使用したデータは、全国信用保証協会連合会が毎年度、発行していた『業務要覧』、および経済産業省(旧通商産業省)による『工業統計』である。これらの期間の日本は、1970年代のオイルショック、1980年代後半のバブル経済、1990年代のバブル崩壊後の金融危機といった、大きな景気変動を経験している。日本のデータから得られた分析結果は、上記の問題意識を明らかにするうえで有益な示唆を与えると考えられる。また、地域別、業種別、年別のデータを使用することで、観察不可能な固定効果をコントロールすることができる。

本論文の分析結果は以下のとおりである。まず、被説明変数を保証承諾額(対数変換後)、説明変数を付加価値額(対数変換後)として推定すると、推定された係数はマイナスであり、統計的に有意であった(表1)。この傾向は、1970年代において最も大きく、1990年代においてもこのような傾向がみられた。この時期は、1970年代のオイルショック、および、バブルの崩壊後の金融危機などを含む期間であり、負のショック時に付加価値が低い企業に対して信用保証付き融資が配分されていたことを示唆する。一方、1980年代においては、このような負の関係は統計的に有意ではなく、非効率な資金配分は観察されなかった。第二に、被説明変数を債務不履行の代理変数である代位弁済額(もしくは代位弁済率)、説明変数を保証承諾額として分析した結果、信用保証付き融資は、1~4年の遅れを伴ってデフォルトを増加させた。これらの推計結果から、日本では公的信用保証制度が資金配分を向上させていなかったと解釈できる。信用保証制度は、中小企業の成長を促進するのではなく、苦境に立たされた中小企業を救済するものとして機能していたと考えられる。

本稿の政策的含意は以下のとおりである。第一に、これらの結果の要因として、日本の信用保証制度の保証割合が100%であったことが挙げられる。2007年まですべての保証制度における保証割合は100%であったため、金融機関は中小企業が債務不履行に陥っても損失を全く被らなかった。そのため、金融機関の情報生産機能が阻害され、付加価値を生み出さない企業に対しても資金が配分された可能性がある。第二に、不況期における信用保証制度に対する制度設計についてである。不況期において、付加価値と保証付き融資の関係がマイナスになることが実証分析により示されている。不況期において、資金繰り支援という理由により、より経営が悪化した企業に対して保証付き融資が実行される傾向がある。資金繰りをサポートするという目的からはこのような行動は正当化されるものの、資金配分の効率性を歪めているという事実も考慮しながら、不況期の信用保証制度に関して制度設計すべきであろう。

表1:付加価値額と保証承諾額の推定結果
表1:付加価値額と保証承諾額の推定結果
参考文献
  • Beck, T., Demirgüç-Kunt, A., Laeven, L., Maksimovic, V., 2006. The determinants of financing obstacles. Journal of International Money and Finance 25 (6), 932–952.
  • Beck, T., Demirgüç-Kunt, A., Maksimovic, V., 2005. Financial and legal constraints to growth: Does firm size matter? The Journal of Finance 60 (1), 137–177.
  • Berger, A. N., Udell, G. F., 1998. The economics of small business finance: The roles of private equity and debt markets in the financial growth cycle. Journal of Banking & Finance 22, 613–673.
  • Gale, W. G., 1991. Economic effects of federal credit programs. The American Economic Review 81 (1), 133–152.
  • Mankiw, N. G., August 1986. The allocation of credit and financial collapse. Quarterly Journal of Economics 101 (3), 455–70.
  • Smith, B., 1983. Limited information, credit rationing, and optimal government lending policy. The American Economic Review 73 (3), 305–318.
  • Storey, D. J., 2008. Entrepreneurship and SME policy, world Entrepreneurship Forum 2008 Edition, available at: http://www.world-entrepreneurship-forum.com/Publications/Articles