ノンテクニカルサマリー

グリーンローン利用者の特徴と環境エネルギー政策パッケージ

執筆者 Anna L. SOBIECH(ケルン大学 / セントアンドリューズ大学)/内田 浩史(神戸大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

気候変動は世界的な課題であり、温室効果ガスの排出を削減し、気候変動に適応するための行動が求められている。グリーンファイナンスは、環境問題を解決する技術やインフラへの投資に必要な財源を提供することで、こうした取り組みを支援する役割を担っている。グリーンファイナンスの重要性は、ヨーロッパにおけるアクションプラン(European 2018 Action Plan on Financing Sustainable Growth)などにおいて強調されており、中でも持続可能な経済への移行に不可欠なプレーヤーである中小企業に対し、グリーンファイナンスへのアクセスを増加させることは重要な政策課題である(例えば、EU 2021 Strategy for Financing the Transition to a Sustainable Economy参照)。情報の非対称性のために資金調達へのアクセスが制約される中小企業にとっては、グリーンファイナンスの中でも貸出、つまりグリーンローンが重要であり、補助金制度など他の政策と並んで、政府の環境エネルギー政策において不可欠な役割を果たすようになっている。

本研究では、日本政策金融公庫中小企業本部から提供を受けたデータを用い、政府の環境エネルギー政策が変化する中で、どのような中小企業が公庫のグリーンローンを利用したのか、また、利用企業は他の企業と比べてその後の財務パフォーマンスが良いのかどうかを検証した。本稿で注目したグリーンローンは、再生可能エネルギー事業(主として太陽光発電事業)への投資を促進するためのもので、同エネルギーの固定価格買取(FIT)制度の導入を含む、環境エネルギー政策パッケージの一環として2010年に開始されたものである。分析の対象期間は2012年から2018年であり、この時期にFIT制度に関して行われた大きな制度変更の影響を分析でき、再生可能エネルギー事業への投資条件の変化がグリーンローン利用に与えた影響を明らかにすることができる。特に、初期のFIT制度の下では非常に有利な投資条件が保証され、多くの企業が参入したが、これら投資家の中には実行可能な事業計画を持たず操業に至らなかった企業や倒産した企業など、リスクの高い企業も多かった。本研究では日本政策金融公庫のグリーンローン利用者がどの程度こうした企業であったのかを分析し、再生可能エネルギー事業への参入企業に対する日本政策金融公庫の審査の役割について考察した。

図1 分析対象企業数とグリーンローン利用企業数
図1 分析対象企業数とグリーンローン利用企業数
注)棒グラフが利用企業者数(左軸)、折れ線グラフが比較対象を含む全分析対象企業数(右軸、単位は千社)を表す。

分析からは、グリーンローンの利用が、再生可能エネルギー事業の採算性によって変化することが分かった。図1のとおり、初期のFIT制度の下で非常に高い買取価格など有利な投資条件が示されていた時期には利用者の数が増加したが、制度改革により条件が悪化した時期には急激に減少している。また、利用企業は建設業や不動産業など太陽光パネルを設置するための物理的な条件環境に恵まれた企業が多く、また東京や大阪などの主要都市に立地する企業が多いという結果も得られた。

図2 各年における借手の信用格付の分布
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図2 各年における借手の信用格付の分布
注)左図はグリーンローン利用者について、右図は比較対象となる日本政策金融公庫中小企業事業部の他の貸出制度の利用者についての、信用格付の分布。数値が小さいほど高格付けを表す。

利用企業の財務の健全性に関しては、成長性が高く、格付が高く、レバレッジが低く、より多く有形固定資産を持つ企業ほど、グリーンローンを利用する可能性が高いことが分かった。図2はこうした結果のうち信用格付に関する分析結果を示したものである。右側の比較対象に関する結果と比べ、左側のグリーンローン利用者の格付は、特に分析対象期間の初期において高い(値が低い)。また、2014年以降に投資環境が悪化するにつれてこの傾向は弱まるが、より詳細な分析からは、期間の後半においても利用者の格付は比較対象よりも悪くはないことが分かった。分析ではさらに、利用企業のその後の財務パフォーマンスについても分析したが、利用企業は収益性が高く、規模が大きく、有形資産が多く、赤字や債務不履行に陥る確率が低いことが分かった。

これらの結果は、日本政策金融公庫中小企業事業部のグリーンローンの借手が、FIT制度当初に再生可能エネルギー事業に参入したハイリスクな企業とは異なっていることを示しており、同事業部の審査がこうした企業を排除する形で働いた可能性を示唆している。また、本稿の結果は政府の環境エネルギー政策のパッケージにおいて、グリーンローンを提供する政府系金融機関の審査が、他の政策によって作り出された有利な投資条件の下で、不採算企業が借入を得て参入することを防ぐ役割を果たした可能性も示唆している。