ノンテクニカルサマリー

マレーシアのマクロ経済的ショックと景気動向:セクター別分析

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「Economic Shocks, the Japanese and World Economies, and Possible Policy Responses」プロジェクト

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的大流行)、ロシア・ウクライナ戦争、インフレ、米国の緊縮的金融政策、その他のショックは世界経済を揺さぶってきた。マレーシア経済は、これらのショックから回復に向かっている。しかし、 国際通貨基金(IMF)は、マレーシアの回復は一様ではなかったと指摘している(2022)。本稿は、パンデミック発生以降の3年半の間にマレーシア経済のそれぞれのセクターがどのように推移してきたかを調査する。また、マクロ経済的ショックが各セクターに及ぼした影響についても調査する。

そのため、本稿では、パンデミック、インフレ、米国の緊縮的金融政策、その他のショックがいかにそれぞれのセクターの株価に影響を及ぼしてきたかを調べる。金融理論では、株価は将来のキャッシュフローの予想現在価値とされている。したがって、ショックがいかに各セクターの株式リターンに影響しているかに関するエビデンスは、ショックがそのセクターの売上高、収益、生産高、利益に与える影響を知るカギになるはずである。

調査結果によると、インフレ、米国の緊縮的金融政策、その他の世界経済活動がマレーシア経済の各セクターに及ぼした影響はわずかである。また結果は、パンデミック発生以降の3年半の期間、アルミニウムなど工業用金属は好調だったことを示している。銀行はパンデミック発生時に低迷したが、現在は好調である。食料生産者と果物の会社は低調である。ヘルスケアと医療用品のセクターは、パンデミック発生時は値を上げたが、現在は低迷している。パンデミックによって個人の巣ごもりによる情報通信機器の需要が高まる中、半導体と電子機器の銘柄も値上がりした。ただし、それらは現在値を下げている。観光セクターも低迷している。図1 は、パンデミック発生以降の、アルミニウムセクターと果物・穀物セクターの株価の推移を示している。

これらの調査結果は、明らかに政策の影響を示唆している。例えば、果物やハラルフーズの輸出促進により農業セクターを強化しようという政府の取り組みは、特に重要である。メディカルツーリズムの奨励も、関連のサービスを提供するヘルスケアと観光のセクターや企業にはプラスであろう。半導体に関してマレーシアは、海外直接投資(FDI)を引きつけ、半導体チップの組み立てや梱包といった下流業務からより高付加価値の業務に移行すべきである。

半導体は、日本と米国にとって特に関心のあるセクターだ。両国は、半導体など主要品目のフレンドショアリングを求めている。マレーシアは現在、組み立てや梱包といった付加価値の低い労働集約型の活動から抜け出せないでいる。マレーシアが活気のある半導体セクターを構築できれば、日米両国が半導体のバリューチェーンを多様化するのに役立つはずだ。マレーシアが半導体セクターを強化するための策としては、エンジニア教育の強化、海外投資家を抑止してきた積極的差別是正措置の緩和、暗黙知を備えた働き手の海外からの採用、研究開発費の拡大などがあるであろう。台湾は、政府研究機関、サイエンスパーク、民間企業、大学が共に密接に協力して地域全体に技術的知識を広めているが、マレーシアにとって良いモデルとなる。日米両国は、こうした取り組みについてマレーシアを後押しするべきである。

図1. アルミニウムセクターと果物・穀物セクターにおけるCOVID-19パンデミック発生以降のマレーシア株式の実勢価格と予想価格
図1. アルミニウムセクターと果物・穀物セクターにおける
注記:青い線はセクター別の実勢株価を表し、オレンジの線はセクター別の予想株価を表している。予想株価は、次に関するセクター別株式リターンの回帰分析によって取得した。1) マレーシア株式市場のリターン、2) 世界株式市場のリターン、3) マレーシア消費者物価指数インフレ率に関するニュース、4) リンギット対ドル為替レートの対数の変化、および 5) ドバイ原油のドル建てスポット価格の対数の変化。回帰分析の対象期間は、2001年2月から2020年2月までとした。また、右辺変数の実際のサンプル外の値を使用して、2020年3月から2023年6月までの期間の株価を予想している(オレンジの線)。
参考文献
  • IMF, 2022. Malaysia: Staff Report for the 2022 Article IV ConsultationM. Washington DC: International Monetary Fund.