ノンテクニカルサマリー

学校給食時の黙食がCOVID-19の感染に与える影響

執筆者 高橋 遼(早稲田大学)/伊芸 研吾(慶應義塾大学)/津川 友介(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)/中室 牧子(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 日本におけるエビデンスに基づく政策形成の実装
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策評価プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「日本におけるエビデンスに基づく政策形成の実装」プロジェクト

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は21世紀で最も致命的な感染症のひとつであり、本稿執筆時点で全世界の死者数は約700万人に上る。有効なワクチンが開発されるまで、ソーシャルディスタンスやマスクの着用、移動の制限などが主な感染対策であった。我が国では、2020年2月から5月にかけて小・中・高校が一斉休校し、その後感染対策として、給食時の会話を控えること(「黙食」)が推奨された。その後、2022年11月に新型コロナ感染症対策本部「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」から黙食の推奨が削除されるまで、給食時の黙食が実施された。

このように2年半以上にわたり、学校において黙食が実施されてきたが、黙食によるCOVID-19の感染リスクの低減効果は検証されていない。一方で、黙食は子どもたちのウェルビーイングや学力に悪影響を及ぼす可能性があると懸念されている。本研究の目的は、黙食がCOVID-19の発生リスクに与える影響を検証し、黙食の効果に関する学術的エビデンスを提供することである。2022年11月に日本政府は、学校給食時に黙食を求めないことを決定し、それに伴い、一部の公立学校において黙食の見直しが行われた。この黙食見直しを自然実験として活用し、本研究では黙食が公立学校の学級閉鎖に与える影響を検証した。

分析対象は千葉県の公立小中学校であり、分析対象期間を2022年11月1日から2023年2月28日とした。この間、2022年11月29日に文部科学省が必要な措置を講じた上で給食時に黙食を求めないことを全国の教育委員会に通知し、2022年12月22日には千葉県が「教育的な配慮の観点から、黙食の見直しを行うことが適切である」とし、黙食の見直しを各市町村教育委員会に依頼している。使用するデータは(1)2023年1月中旬に千葉県教育委員会が実施した黙食の実施状況に関する調査データと、(2)県教育委員会が記録している各校の日ごとの学級閉鎖のデータである。(1)のデータから、県下の11市町の45校が黙食を見直したことが分かった。本研究ではこの45校およびこの45校の全学級を対照群とし、同じ11市町で黙食を継続した157校およびこの157校の全学級を介入群として分析を行った。

De Chaisemartin & d’Haultfoeuille (2020)のイベントスタディの分析結果によると、学級レベルの学級閉鎖発生確率や学校レベルの学級閉鎖率および閉鎖数ともに、黙食見直し後の10日後近辺で減少していることが確認できるものの、いずれの推定値も統計的に有意ではなく、その後推定値が0に戻っている(下図)。また、二方向固定効果の差分の差分モデルで分析を行ったところ、各アウトカムに対する黙食の平均介入効果の推定値は0に近く、有意ではなかった。したがって、黙食によって学級閉鎖が抑えられるという考えを支持する強力な証拠は確認できなかった。

図 イベントスタディの分析結果
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図 イベントスタディの分析結果
注:パネルAは学級レベルでの学級閉鎖発生に関する分析結果を、パネルBは学校レベルでの学級閉鎖率の分析結果を、パネルCは学校レベルでの学級閉鎖数の分析結果を示している。各図は、各日の平均介入効果をプロットしたもので、棒グラフは95%信頼区間を表す。

以上の分析結果の通り、給食時の黙食は学級閉鎖数や学級閉鎖率を減少させる効果が非常に小さく、統計的に有意ではなかった。これらの結果は、黙食の要件を解除しても学級閉鎖のリスクは増加しないことを示している。既存の実証研究は黙食が子どものスキル形成に副作用を及ぼす可能性が指摘されていることから、政府はパンデミックのダイナミックな性質を考慮し、感染対策と子どものウェルビーイングや発達のバランスを取り、政策に柔軟性を持たせるべきことが示唆される。