ノンテクニカルサマリー

COVID-19が小中学生の学力に与えた影響:尼崎市の行政データを用いた分析

執筆者 浅川 慎介(佐賀大学 / 大阪大学)/大竹 文雄(ファカルティフェロー)/佐野 晋平(神戸大学)
研究プロジェクト 日本におけるエビデンスに基づく政策形成の実装
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策評価プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「日本におけるエビデンスに基づく政策形成の実装」プロジェクト

新型コロナウイルス(COVID-19)の蔓延は世界中で多くの子どもたちの学力を低下させた。例えば、Betthäuser, Bach-Mortensen, Engzell (2023)は15カ国、42の先行研究で得られた推定結果を用いてメタアナリシスを行ったところ、COVID-19は平均で0.14標準偏差ほど子どもの学力を低下させることが明らかとなった。

このように、定性的には多くの国や地域でCOVID-19が学力にマイナスの影響を及ぼしたことが確認されている。その一方で、定量的には国や地域によって影響の大きさにかなりの違いがある。Betthäuser et al (2023)の研究においても、高所得の国・地域と比較すると中所得の国・地域の方が、同じ国や地域の中で比較すると社会経済状況が恵まれない児童の方が、それぞれCOVID-19による学力低下が大きいことが確認されている。

しかしながら、日本においてはCOVID-19が児童生徒の学力に与えた影響についてのエビデンスは十分に蓄積されていない。そのため、本研究では尼崎市の行政データを用いて、COVID-19蔓延以降の緊急事態宣言や全国一斉休校(コロナ休校)などの施策が、総合的に公立小中学生の国語と算数の学力に与えた影響を検証した。

データは尼崎市内の公立小中学校に通学する小学1年生から中学2年生の児童生徒全員を対象とし、2018年度から2021年度に尼崎市が独自に実施した『尼崎市学力・生活実態調査』の個票データ、および匿名化された住民基本台帳データを利用した。アウトカム変数には項目反応理論(IRT)に基づいて水平・垂直等価された国語と算数(数学)のテストスコアを用いた。また、先行研究との比較のため、分析の際は学年ごとに標準化したテストスコアを使用した。加えて、異質性分析のために、児童生徒の性別情報のほか、各児童生徒の就学援助制度の利用有無、親との同居情報を分析に使用した。さらに、コロナ休校後の学校行事の削減時間が学校・学年ごとに異なることが、学力回復に差をもたらす可能性を検証するため、2019年度から2021年度までの体育的行事の実施予定に関するデータを分析に使用した。

分析方法は差の差の推定法(Difference-in-Differences)を用いて、COVID-19経験群(処置群1, 2019–20)と非経験群(対照群1, 2018–19)を比較した。また、休校後19カ月の影響を分析するために、2回テストを受けたコホート(処置群2, 2019-21)と休校後1回だけテストを受けたコホート(対照群2, 2018–20)を比較した。ただし、対照群2は2020年の臨時休校の影響を受けたグループであるため、処置群1と対照群1から推定されるCOVID-19が学力に与えた影響の差し引くことで、COVID-19非経験群とした。また、先行研究との間でCOVID-19が学力に与える影響の大きさを比較するため、本研究では3つの学年グループ(低学年:1–3年生、高学年:4–5年生、中学生:6–7年生)ごとにCOVID-19が学力に与える影響を推定した。

さらに、本研究では学力水準、生活状況、性別などによってCOVID-19が学力に与える影響が異なるか否かを検証した。学力水準別の推定では、Athey and Imbens (2006)で用いられたQuantile-DIDの手法に基づいて学力四分位別にCOVID-19の影響を推定した。生活状況別および性別の推定では、COVID-19以前の就学援助制度の利用有無や同居する親の数、および性別でダミー変数を作成し、交差項を用いたDIDを行った。最後に、コロナ休校後に運動会などの体育的行事を著しく減少させた学校・学年の児童生徒とその他の児童生徒の間でCOVID-19の影響が異なるかを検証するためにDDD推定も行った。

主な推定結果は以下の通りである。第1に、図1に示すとおり、科目別で見ると尼崎市ではCOVID-19以降一貫して国語より算数の方がマイナスの影響が大きかった。具体的には、国語は休校から7カ月後と19カ月後でそれぞれ0.006 SDと0.062 SD悪化したが、数学は同じ期間でそれぞれ0.129 SDと0.251 SD悪化した。学年グループ別の分析では、国語は低学年のみで負の影響を受けたが、数学の負の影響は学年グループによらずほとんど一定であった。これらの推定結果は、日本以外を対象とした先行研究の推定結果を平均したBetthäuser et al (2023)と比較してもほとんど違いがなかった。

図1 COVID-19が休校から7ヶ月後と19ヶ月後の標準化テストスコアに与えた影響
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図1 COVID-19が休校から7ヶ月後と19ヶ月後の標準化テストスコアに与えた影響

第2に、学力水準別の分析では、国語の学力低下は小学生の学力上位層でのみ確認された一方で、数学の学力低下は全ての学年グループで学力下位層の方がより顕著であった。第3に、両科目ともに学力低下の大きさはCOVID-19以前の生活状況や性別によってほとんど変わらなかった。最後に、休校後に体育的行事を大幅に減少させて学習時間を確保した学校・学年とそれ以外の学校・学年では、休校以降の学力回復にほとんど差がなかったことが示された。

尼崎市では多くの学校・学年で行事の削減などによってCOVID-19によって失われた学習時間の補填が行われてきた。しかしながら、これらの取り組みを以てしても、休校から19カ月が経過した時点では依然として、国語は低学年で、算数は全ての学年で学力が低下したままであることが本研究より明らかとなった。