ノンテクニカルサマリー

テレワークの普及に伴う都心回帰の分析

執筆者 猪原 龍介(亜細亜大学)
研究プロジェクト 地方創生の検証とコロナ禍後の地域経済、都市経済
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「地方創生の検証とコロナ禍後の地域経済、都市経済」プロジェクト

COVID-19のパンデミックをきっかけとして、日本でもテレワークや在宅勤務といった新しいワークスタイルが普及してきた。このような変化は、労働者の居住地や就業地の選択にどのような変化を与えるだろうか。本研究では空間経済学の2地域モデルに地域間通勤費用を導入することで、テレワークの導入に伴う通勤費用の低下が都市構造に与える影響を分析した。通勤費用の低下は就業地でない地域からの通勤を容易にすることで、居住地の分散化を促すことになる。このことは集積の不経済の発生を抑えることになるため、雇用は都心に集中することになる。また、通勤を伴う集中化構造において社会厚生が最大化されることも示された。

続いて、以上の枠組みを日本の都市雇用圏に当てはめ、都心を地域1、郊外を地域2として労働分布についてのシミュレーション分析を行った。キャリブレーションにより現実の居住分布を説明する地域間通勤費用と製品輸送費用の値を求めた上で、テレワークの効果として通勤費用が低下したとする。シミュレーションのケースとして(1)2018年から2020年にかけた通勤費用の低下が起きた場合、(2)通勤費用の低下に加え、テレワークにより都心の生産性が低下した場合(限界投入量の1%上昇)、(3)逆に郊外の生産性が上昇した場合(限界投入の1%減少)を考える。

表はそれぞれのケースにおける都心就業者に占める都心居住者の割合(lambda)、都市圏における都心の雇用者の割合(L)、および社会厚生(SW)の変化率(%)を示している。Case 1からわかるように、通勤費用の低下は基本的にいずれの都市圏においても居住分布の分散化と雇用の集中化、および社会厚生の改善をもたらすことがわかるが、Case 2のようにテレワークによる都心の生産性の低下が顕著であった場合には、労働分布が分散化し、社会厚生が低下することが読み取れる。Case 3は都心就業者の郊外居住により、郊外に都心の情報や文化が持ち込まれ、郊外の生産性が上昇した場合を想定したものであり、このときは雇用の分散化と社会厚生の改善が見られることになる。(なお、大阪や名古屋などいくつかの都市圏は、都心人口が郊外人口よりも小さく中心−周辺構造に十分に適合しないために分析から除外している。)

表:テレワークに伴う都市圏構造の変化
表:テレワークに伴う都市圏構造の変化

近年、コロナ禍やそれに伴うテレワークの普及によって、労働者の居住地が郊外や地方へ拡大する傾向が顕在化しており、都市化の傾向が縮小すると考えられている。しかし、本研究の分析によると労働者の居住分布はたしかに郊外へ分散するが、雇用はむしろ集中化している。それは、地価の高騰に代表される分散要因が郊外居住の拡大によって縮小するためである。

テレワークにより集積の不経済が抑制されることで、東京を核とした生産活動の集中化が進むと同時に、労働者の郊外や地方への転出が進むことで、都心以外の地域の底上げにもつながる。またCase 3に見られるように、郊外居住を起点に地方の生産性向上に結びつけることができれば、その効果はさらに拡大する。都市化の進展に伴う都心の過密化と地方の衰退という双方の課題を解決する方策として、テレワークの普及は一定の効果が期待できると考えられる。