ノンテクニカルサマリー

公設試験研究機関の法人化の効果の異質性

執筆者 福川 信也(東北大学)
研究プロジェクト 国際的に見た日本産業のイノベーション能力の検証
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「国際的に見た日本産業のイノベーション能力の検証」プロジェクト

2003年の地方独立行政法人法の施行により、地方自治体が設立した病院、大学、公設試験研究機関(公設試)の一部が法人化された。公設試の法人化は自治体の判断に委ねられており、法人化のタイミングも自治体によって異なる。こうした実施タイミングの異なる政策の治療効果を標準的な差の差モデルによって推定する場合、早期に治療を受けたグループが晩期に治療を受けたグループの制御群として扱われることで、推定された治療効果が真の治療効果から乖離するという問題が近年の計量経済学研究において指摘されている。その背景には治療効果の異質性(治療タイミングによって治療効果が異なること)がある。そこで、本研究は公設試法人化の治療効果を標準的な差の差モデルと上記の不適切な比較を回避したモデルの双方で推定した。具体的には、包括的な公設試技術移転データと包括的な特許データを組み合わせて、パネルデータを構築し、法人化が研究・発明、技術普及に与えた効果を推定した。

主な分析結果は以下のとおりである。第一に、法人化が学位取得者比率、技術職員あたり特許出願件数に与える効果は、双方のモデルにおいて有意に正である。第二に、法人化が技術職員あたり技術相談件数に与える効果は、標準モデルで有意に正であるのに対し、補正モデルでは非有意である。具体的には、早期に法人化されたグループは研究・発明と技術普及の双方を強化したのに対し、晩期に法人化されたグループは研究・発明を強化し、技術普及を縮小した(図1)。

図1 法人化タイミングごとの技術普及に関する公設試法人化の効果
図1 法人化タイミングごとの技術普及に関する公設試法人化の効果

縦軸は技術職員あたり技術相談件数に関する治療効果。横軸は法人化からの年数。
上側は早期に法人化されたグループ、下側は晩期に法人化されたグループ。

本研究は技術普及に関して法人化効果の異質性が生じる背景を集積の外部性と組織学習能力の観点から考察した。第一に、晩期に法人化されたグループはイノベーション集積の衰退に直面していた(図2)。集積は技術移転に関する規模の経済性を生み、ローカルなスピルオーバーを活発にする。逆に、集積の衰退は地域の境界を超えたスピルオーバーの重要性を高める。つまり、晩期に法人化されたグループは、顧客のほとんどが地元中小企業である技術相談から、その成果が地域を超えて波及する科学的知見に基づく研究・発明を強化する必要に迫られていた。第二に、インセンティブシステム改革としての法人化は研究能力強化に適した設えになっている。具体的には、法人化による経営上の裁量の拡大、自治体から公設試への知的財産の移転は高度人材の時宜を得た獲得や特許ライセンスなどの研究・発明活動の強化と親和性が高い。また、研究・発明と技術普及の分業体制をとる農業系公設試と異なり、工業系公設試では同じ技術系職員が双方の機能を担う。しかし、早期に法人化されたグループは双方の機能を同時に強化しようと試みた結果、深刻な資源配分のトレードオフに直面したと考えられる。これに対して、晩期に法人化されたグループは早期に法人化されたグループの経験から学び、インセンティブシステム改革としての法人化の特性と集積の動態を理解したうえで、技術普及から研究・発明への大胆な資源配分を実施したと考えられる。

図2 法人化タイミングごとの長期的なイノベーション集積成長率
図2 法人化タイミングごとの長期的なイノベーション集積成長率

地域rの2010年における長期的イノベーション集積成長率Gは以下の通り。
G2010r=ln(地域rにおける2001年から2010年の特許出願件数)-ln(地域rにおける1991年から2000年の特許出願件数)