ノンテクニカルサマリー

EU-CBAM導入による日本経済への短期的な影響

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル・インテリジェンス・プロジェクト(国際秩序の変容と日本の中長期的競争力に関する研究)」

パリ協定の締結以降、先進国のみならず、途上国でも温室効果ガスの排出を実質的にゼロにする、カーボンニュートラルを目指すようになった。先進国の目標年度は2050年となっているものの、ロシアや中国は2060年、インドは2070年に設定している。設定された目標年は、各国の事情を反映してものであるが、共通した政策としてカーボンプライシング(carbon pricing, CP)の必要性が強調されてきた(OECD, 2013)。EUでは、2005年より域内排出量取引制度(EU-ETS)を導入し、明示的な炭素価格を二酸化炭素排出に賦課してきた。2007年以降、世界各国では明示的な炭素価格の導入が進められてきている。しかし、二酸化炭素1トン当たりの価格には、大きな差がみられる。これにより、高い炭素価格を導入している国・地域の産業は、低い炭素価格を導入している国・地域よりも競争条件が不利になっているとの懸念が出されている(国際競争力問題)。また、緩い環境規制を導入している国・地域の経済活動が増加することで、厳しい環境規制を導入している国・地域の努力の一部が相殺してしまうことも指摘されている(リーケージ問題)。この2つの問題に対して、炭素国境調整措置(carbon border adjustment measure, CBAM)が有効であるとの研究がある。

EU-CBAMはこの様な経緯に基づいて議論されてきた。2026年より開始される制度であるため、各国はどの様な対応を行うべきか、検討をする必要がある。そこで、日本ではどの様な選択肢があるだろうか。①EU-ETSの排出権価格と同水準の炭素税を新たに導入する、②EU-ETSの排出権価格と同水準に炭素税(地球温暖化対策のための税)を引き上げる、③税制改革を行い、既存のエネルギー税(暗示的炭素価格)を炭素税(明示的炭素価格)に変更し、EU-ETSの排出権価格との差を新たに炭素税として導入する、④税制改革を行い、EU-CBAMの規制対象となる業種のみ、不足する分を炭素税として導入する、などの選択肢が考えられる。

表1は、上述の対応を行った場合、EU-CBAM規制対象業種がどの様な短期的な影響があるのかを分析した結果である。ここで短期的とは、省エネ投資や生産プロセスなどの変更されない期間を指す。アルミニウム業以外の業種では少なからず影響があることがわかる。すなわち、上記で議論したEU-CBAMの対応を行った場合、短期的には日本の産業に大きな影響を及ぼすことが考えられる。特に、銑鉄や粗鋼(転炉)とセメント業では価格上昇率が高く、産業の国際競争力を失う可能性がある。国際競争力が低下すると、これらの業種の雇用に悪影響を与える可能性がある。

それでは、どうしたらよいのだろうか。日本経済への影響を最小限にするのであれば、EU-CBAMへの対応を行わないことが考えられる。この場合、日本からEUに輸出された産品は炭素税(CBAM)の支払いが必要となる。しかし、日本とEUの貿易量を考慮すると、この支払は小さく、大きな問題とはならない。

EU-CBAMを念頭に置いた対策は必要ないものの、明示的炭素価格を導入することで、化石燃料の使用を抑制し、日本のカーボンニュートラル目標達成に貢献できる。OECD (2016)では、産業間のCPが異なることを示している。暗示的炭素価格を明示的炭素価格に変更する税制改正を行うことで、より公平な負担を議論することが可能となる。表1の2列目と3列目の違いは既存のエネルギー税を考慮するか否かである。数字的には数パーセントの違いではあるものの、既存のエネルギー税(暗示的CP)を考慮しない場合、気候変動対策の「公平な」費用負担を正しく議論できない可能性がある。したがって、明示的炭素価格の引き上げと共に既存のエネルギー税(量ベース課税)から環境汚染ベース(1CO2トン当たり課税)へ税制改正を実施することが望ましいと考えられる。これにより、CO2排出による費用負担を明確化することが可能となる。

表1 規制対象業種の価格上昇率(%)
表1 規制対象業種の価格上昇率(%)
参考文献
  • OECD (2013). Climate and carbon: Aligning prices and policies, OECD Publishing, Paris.
  • OECD (2016). Effective carbon rates: Pricing CO2 through taxes and emissions trading systems, OECD publishing, Paris.