ノンテクニカルサマリー

企業内と企業間における職業の再配置:労働市場の二極化へのインプリケーション

執筆者 向山 敏彦(ジョージタウン大学)/高山 直樹(一橋大学)/田中 聡史(クイーンズランド大学)
研究プロジェクト 人口減少下のマクロ経済・社会保障政策:企業・個人・格差のダイナミクス
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「人口減少下のマクロ経済・社会保障政策:企業・個人・格差のダイナミクス」プロジェクト

近年、多くの先進国において、賃金分布において中間層を占めていた「ルーティンタスクに従事する労働者」の雇用が大幅に減少している。その一方で、高スキルの「コグニティブ(知的)タスク」と低スキルの「マニュアルタスク」の雇用は増加している。この現象は「労働市場の二極化」と呼ばれ、マクロ経済学や労働経済学の文献で注目されてきている。

最近の研究によれば、この労働市場の二極化は主に技術革新に起因していることが明らかになっている。つまり、技術革新により企業がルーティンタスクを自動化することで、そのようなタスクを行っていた職種の雇用が減少し、逆に新技術と相性の良いタスクの職種が雇用を伸ばすことが実証されている(例えば、Autor et al.、2006;Acemoglu and Autor、2011を参照)。

では、労働市場の二極化に直面した職種間では、実際にどのようなプロセスで労働者の再配置が行われているのだろうか? また、労働市場における制度や政策は、その再配置のプロセスにどのような影響を与えるのだろうか? 本研究では、これらの疑問に答えるために、労働市場制度が対照的に異なる米国とドイツの経済に焦点を当てた。

米国経済と欧州大陸経済における労働市場制度の対照的な違いは、過去数十年にわたる研究により明らかにされてきた。特に、米国と欧州大陸経済における労働者の解雇規制の厳しさの違いは、多くの研究者によって分析されてきた(例えば、Mortensen et al.、1999;Ljungqvist and Sargent、2008)。

そこで、本稿では、経済が労働市場の二極化に直面したとき、解雇規制の厳しさが、職種間での再配置プロセスにどのように影響を与えるかを分析する。

この論文ではまず最初に、実証分析の結果として、米国とドイツのデータセットを用いて、職種のシェアを調整するパターンが両国で異なることを明らかにした。労働市場の二極化の総体的なパターンは両国間で非常に類似しているが、米国では労働者の解雇と雇用が職種の割合の調整に重要な役割を果たしている。一方、ドイツではルーティン作業に従事する職種の減少と、知的作業に従事する職種の増加において、企業内再配置が無視できない役割を果たしていることが我々の分析により明らかになった。

表1:米国とドイツにおける職種のシェアの変化と企業内または企業間再配置の貢献
表1:米国とドイツにおける職種のシェアの変化と企業内または企業間再配置の貢献

表1は米国とドイツのデータの分析結果をまとめている。表1における列1と列2はデータの始めの年と終わりの年における、各職種グループ(知的タスクの職種・ルーティンタスクの職種・マニュアルタスクの職種)の労働者全体におけるシェアを、列3は始めの年から終わりの年までのそれらのシェアの変化率の対数を示している。例えば、米国においては、1989年にルーティンタスクの職種に属する労働者のシェアは労働者全体の62%であり、1989年から2007年にかけて、対数変化率において14%ほど減少したことが見てとれる。

そして、表1における列4と列5はその対数変化率における、企業内における労働者の再配置と企業間を通じての労働者の再配置の貢献部分を示している。列4が示すように、米国においては、職種のシェアの変化に対する、企業内での再配置の貢献はほぼゼロであるが、一方ドイツでは、知的タスクの職種のシェア増加における約4分の1、ルーティンタスクの職種シェアの減少における約6分の1が、企業内における労働者の再配置によって達成されていることが分かった。

次に、職業再配置のメカニズムをより明らかにするために、労働市場が二極化していくような経済を考えて、企業内または企業間における職種の移動と、解雇規制などの職種の再配置を妨げる労働市場摩擦を考慮した、企業ダイナミクスのモデルを構築して分析を行った。我々のモデルは、Hopenhayn (1992)やHopenhayn and Rogerson (1993) の標準的な企業ダイナミクスのモデルを拡張し、企業内に別々のタスクを行う複数の職種が存在するという状況と、企業が技術進歩に際してルーティンタスクの自動化技術を導入する意思決定ができるという状況を考えた。

このモデルを米国経済とドイツの経済のデータに合わせて定量化(カリブレート)した結果、解雇規制の厳しさの違いによって、二極化における労働市場の調整の異なるパターンを概ね再現できることが明らかになった。解雇規制の緩い米国においては企業は職種の割合を、解雇と雇用の手段によって調整する。一方、ドイツにおいては、企業にとって労働者を解雇することによって生じるコストが非常に高いため、企業内で労働者の職種間での再配置をすることが、我々のモデルの分析を通じて示された。

最後に、カリブレートしたモデルを用いて、二つの反実仮想実験を行った。一つ目は、企業内の職業調整のコストを減少させるという実験である。このパラメータは、職業構成が変化した場合の企業内における組織再編成のコストとして解釈される。分析の結果、このコストの減少は、企業内調整と企業間調整の組み合わせには大きな影響を与えるものの、労働市場の二極化のスピードには影響を与えないことが分かった。

二つ目として、労働者を解雇することによって生じる企業側のコストを引き下げる(解雇規制を緩める)という反実仮想実験を行った。分析の結果分かったのは、解雇規制の存在は、むしろ労働市場の二極化のプロセスを早める可能性があるということである。この結果は一見直観的ではないが、次のように説明される。将来を見据えた企業は、解雇規制が存在する場合には、自動化に伴って大量に労働者を解雇せねばならない状況を避けるために、ルーティンタスクの自動化の前から、他の理由による雇用調整の機会を用いて職種の割合の徐々に調整を行う。こうして企業が調整を早くから行う結果として、二極化のプロセスが早まるのである。

本論文では、経済が労働市場の二極化に直面したとき、企業レベルでどのようなプロセスで労働者の再配置が行われるのか、また解雇規制などの労働市場の制度が、職種間での再配置プロセスにどのように影響を与えるかを、米国とドイツのデータと定量的なモデルを用いて分析した。我々の分析の結果は、解雇コストの違いが米国とドイツの企業内での労働者の職種間の再配置のパターンの違いを説明し得ること、また解雇規制の存在は、労働市場の二極化のプロセスをむしろ早めるような効果を持つことを示している。我々の分析は、急激な技術革新にさらされた経済における労働市場の制度設計を考える上でも示唆を与えると考えられる。

参考文献
  • Acemoglu, Daron and David Autor, “Skills, Tasks and Technologies: Implications for Employment and Earnings,” Handbook of Labor Economics, 2011, 4, 1043–1171.
  • Autor, David H, Lawrence F Katz, and Melissa S Kearney, “The Polarization of the US Labor Market,” American Economic Review, 2006, 96 (2), 189–194.
  • Hopenhayn, Hugo A., “Entry, Exit, and Firm Dynamics in Long Run Equilibrium,” Econometrica, 1992, 60 (5), 1127–1150.
  • Hopenhayn, Hugo and Richard Rogerson, “Job Turnover and Policy Evaluation: A General Equilibrium Analysis,” Journal of Political Economy, 1993, 101 (5), 915–938.
  • Ljungqvist, Lars and Thomas J Sargent, “Two Questions about European Unemployment,” Econometrica, 2008, 76 (1), 1–29.
  • Mortensen, Dale T, Christopher A Pissarides et al., “Unemployment Responses to’Skill-Biased’Technology Shocks: The Role of Labour Market Policy,” Economic Journal, 1999, 109 (455), 242–265.