ノンテクニカルサマリー

経営者間の人間関係へのショックとサプライチェーン再編、企業パフォーマンス

執筆者 Timothy DESTEFANO(Georgetown University)/伊藤 恵子(千葉大学)/Richard KNELLER(University of Nottingham)/Jonathan TIMMIS(World Bank)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

東アジア産業生産性プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「産業・企業生産性向上」プロジェクト

現代経済において、財やサービスの生産を支えるサプライチェーンが、企業間の相互依存の網の目のように張り巡らされている。各企業がサプライチェーンを効果的に活用すれば、ミクロレベルでの生産性向上のみならず、マクロレベルでの効率性向上につながる。そのため、何らかの経済ショックが発生した際のサプライチェーンの弾力性や、サプライチェーン参加企業の業績への影響を理解することは、重要な研究課題の一つとなっている。

サプライチェーンが破壊されると何が起こるのか、どのような変化がもたらされ、その影響は持続するのか。本稿では、こうした疑問に答えるため、ある企業の代表者(CEO)の予期せぬ死によって企業間のつながりが外生的に断ち切られた場合に何が起こるかに焦点を当てる。

本稿では、企業間の取引関係やCEOの就任日と退任日を企業レベルで測定できる東京商工リサーチ(TSR)の詳細なデータと、経済産業省の『企業活動基本調査』の調査票情報を接続して分析を行う。日本企業の取引関係と各企業の属性情報を用いて、突然のリーダーシップの変化がサプライヤー・ネットワークと企業パフォーマンスに与える影響を明らかにする。

ただし、企業は、ビジネス上の理由なしにサプライチェーンを変更するとは考えにくい。たとえば、現在のサプライヤーからの調達価格が高すぎて自社の収益を圧迫しているような場合、現在のサプライヤーとの取引を解消して新しいサプライヤーに変更するかもしれない。または売上好調で生産を増やすためには、現在のサプライヤーからだけでなく新規のサプライヤーも開拓して中間財の調達を増やすかもしれない。つまり、企業の売上や利益などのパフォーマンスが改善したり悪化したりすることと、サプライチェーンの変更とは関係が強いと考えられる(より専門的には、企業パフォーマンスと取引関係は内生的に決まる、または、両者には内生性があると表現する)。このような場合、取引関係と企業パフォーマンスとの間の因果関係を定量的に捉えるには、企業パフォーマンスが変化した結果として起きた事象ではないが、取引関係には影響を与えるような外生的な事象を使って分析する必要がある。

先行研究では、地震や洪水などの自然災害を外生的ショックとして利用し、大規模で壊滅的な負の事象が起きた場合にサプライチェーンがどの程度影響を受けるかに焦点を当てた分析が多い。本稿では、現役CEOの予期せぬ死亡または急病による退任の情報を、取引関係に影響を与える外生的ショックとして利用する(ただし、CEOの死亡事例のみに焦点を当てるとサンプル数が大幅に減少するため、急病による CEOの交代も含めている)。こうして、災害などの壊滅的な負の事象が発生していない平時においても、ミクロのショックが起きた場合にサプライチェーンがどう反応するのかに注目した分析を行う。なお、『日経テレコン21』データベースの新聞記事検索を利用し、2007年から2019年までの間に現役の企業経営者の急死や急病による退任事例を抽出した。

ビジネス関連の研究分野においては、異なる企業が互いを信頼し互恵的な取引関係を構築し維持していくためには、経営者どうしの人間関係の構築や維持のために行う無形の投資が重要であることが認識されてきた。こうした人間関係への無形の投資には、贈答品の購入や会食など様々な形態があるが、一般的に、取引の規模やシェアが大きい重要な取引関係であるほど、より上級レベルの経営陣の間で人間関係への投資が行われる。経営者の予期せぬ死亡は、外生的に人間関係に混乱をもたらし企業間の信頼関係を減少させるため、これまで継続してきた取引関係に変化が生じる可能性が高くなる。

本稿ではまず、CEOの突然の交代が起きた企業がサプライヤー数を変化させるかどうかを分析し、さらにCEOの急死によって企業パフォーマンスに変化がみられるかを分析する。これらを直接効果と呼ぶ。次に、自社の重要顧客企業のCEOが急死した場合に、自社のパフォーマンスにどのような変化がみられるかを分析し、これを間接効果と呼ぶ。

本稿の主要な結果は以下のとおりである(分析結果を整理した表も参照されたい)。まず、CEOが突然交代すると、新規サプライヤー数と取引停止サプライヤー数の両方が増加し、サプライヤーの組み替えが促進されるという結果を得た(直接効果)。また、顧客数には同様の影響は見られず、この種のショックはサプライチェーンを通じて後方に伝播することが示唆される。ただし、CEOの急死は当該企業のパフォーマンスに対して統計的に有意な影響は与えていなかった。

次に、CEOが急死した企業のサプライヤーのパフォーマンスに何が起こるかを分析したところ(間接効果)、サプライヤー企業は、主要顧客企業のCEOの急死に際して、短期的には雇用と中間財の購入を減らす傾向がみられた。その結果、付加価値が増加し、労働生産性と全要素生産性が向上している。さらに、中間財購入を減らすという対応は、長期的にも継続していた。また、比較的規模の大きいサプライヤーの方がより大きく雇用や中間財購入を減らす傾向であった。これらの結果は、ある企業のCEOの急死が、そのサプライヤーの中間財購入を長期的に減少させ、その影響がサプライヤーのサプライヤー、さらにそのサプライヤーへとサプライチェーンの上流へ及んでいく可能性を示唆している。

本稿の分析結果から得られる政策的含意は、サプライチェーンを通じてショックが上流へと伝播していく可能性が高いということである。災害などの壊滅的な負の事象が起きた場合、生産活動に不可欠な原材料や部品などが生産できなくなり、ショックの影響が下流へと及ぶことが多い。しかし、本稿では、平時における顧客企業との人間関係の変化という事象に焦点を当て、平時のショックの場合、サプライヤー側が将来の取引関係に変化が生じることを予想して自社の雇用や中間財調達を控える行動に出る傾向を示した。つまり、平時のショックは、サプライチェーンの上流へと影響が及ぶ可能性が高いことを示唆する。この結果は、一般的な取引関係において下流企業よりも上流企業の方が弱い立場にあるため、弱い立場の上流企業が予防的な行動をとることで、サプライチェーンが上流へ向かって縮小していってしまう危険があるとも解釈できる。

今後、さらに分析・研究を進めることで、サプライチェーンを通じたショックの伝播に関する理解が深まり、マクロ経済の安定化に関連する問題や、より小さなサプライチェーン・ショックに対する調整をどのように行うかといった、よりミクロに焦点を当てた政策に貢献することが期待される。

表:分析結果のまとめ
表:分析結果のまとめ