執筆者 | 大西 健(一橋大学)/岡崎 哲二(ファカルティフェロー)/日下 翔貴(イエール大学)/若森 直樹(一橋大学) |
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研究プロジェクト | 産業政策の歴史的評価 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
特定研究(第五期:2020〜2023年度)
「産業政策の歴史的評価」プロジェクト
近年注目を集めている「労働分配率の低下」という現象を説明するために、多くの研究者がさまざまな仮説を提唱している。その中でも重要な仮説として挙げられているのは、(1)技術進歩、(2)企業の市場支配力の増大、(3)企業の労働市場における買い手独占力の上昇、の3つである(注1)。これらの仮説を精査する上で、各企業や各事業所がどのような生産技術を用いているかのデータは非常に重要である。なぜならば、(1)は当然のことながら、(2)や(3)においても、企業の生産関数を推定し、それらの推定値を用いて企業の市場支配力や買い手独占力を求めるためである(注2)。つまり、仮に生産技術の情報が欠落していたならば、生産関数の推定値にバイアスが生じ、結果として推定される市場支配力や買い手独占力にもバイアスが生じてしまうであろう。しかしながら、生産技術は観測が難しいため、多くの既存研究ではその点については見過ごされてきた。そこで、本論文は「どのような生産技術を用いているのか(NSPキルン、SPキルン、それ以前のキルン)」が明示的にわかる日本のセメント産業に着目し、事業所レベルのデータを収集し、労働分配率の低下が主に「新しい技術(NSPキルン)の普及」で説明できることを示した。その上で、このような詳細な生産技術がデータに収蔵されていない場合に起こり得る問題についても検討を行った。
まず、近年主張されている「製品市場における企業の市場支配力の上昇」が実際に起こっているのかについて精査を行った。以下の図1は、生産技術の情報が観察されていない場合に得られる市場支配力(マークアップ)を実線で、生産技術の情報が観察されている場合に得られる市場支配力(マークアップ)を点線で示している。図1からも明らかなように、(既存文献で頻繁に指摘されているように)生産技術の情報が観測できない場合、市場支配力は1970年から2000年にかけて大きく上昇しているが、生産技術の情報が観測されている場合の市場支配力は同期間においてほぼ一定であることがわかる。つまり、近年主張されている「製品市場における企業の市場支配力の上昇」は、生産技術の情報をコントロールすると見られなくなることがわかる。
さらに、「労働市場において企業の買い手独占力の上昇」が起こっているのかについても検討を行った。以下の図2は、生産技術の情報が観察されていない場合(左図)と生産技術の情報が観察されている場合(右図)において、実質賃金の成長率と(生産関数の推定値から計算される)労働の限界生産物をプロットしている。生産技術の情報が観察されていない場合(左図)、1970年代初頭から一貫して労働の限界生産物の方が賃金の伸び率よりも高くなっており、企業が労働者に対して買い手独占力を行使しているような結果となっている。しかしながら、生産技術の情報が観察されている場合(右図)、一時期を除き、ほぼ労働の限界生産物と賃金の伸び率は一致しており、企業が労働者に対して買い手独占力を行使しているとは言えない結果となっている。
これらの結果を踏まえると、労働分配率の低下を定量的に議論する際には、生産技術の情報がその結果を左右するため、従来の生産技術の情報が観測されない研究(特に、実際に技術進歩が著しい産業や生産技術の異質性が高い産業)の結果の解釈には留意が必要であると言える。
- 脚注
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- ^ Grossman and Oberfield (2022)では既存文献で挙げられている仮説を大別して5つに集約している。すなわち、(1)技術進歩(Karabarbounis and Neiman, 2014; Acemoglu and Restrepo, 2020; Autor et al., 2020)、(2)企業の市場支配力の増大(Barkai, 2020; De Loecker et al., 2020)、(3)企業の労働市場における買い手独占力の向上(Stansbury and Summers, 2020; Drautzburg et al., 2021)、(4)グローバル化と中国の台頭(Abdih and Danninger, 2017; Sun 2020)、(5)労働者の構成比率の変化(Glover and Short, 2020; Acemoglu and Restrepo 2020)を挙げている。しかしながら、ここでは分野横断的に議論が進んでおり、より重要と目されている(1)から(3)の仮説について検討する。論文5節では、残りの仮説に対しても議論を行っているので、興味のある読者は当該箇所を参照されたい。
- ^ 生産関数の推定を通じて市場支配力を推定するアプローチ方法は、De Loecker and Warzynski (2012)によって開発され、近年多くの論文でその改善が試みられている(Demirer, 2022; Foster et al., 2022; Raval, 2022)。