ノンテクニカルサマリー

電子商取引の発展が所得格差に与える影響:中国農村県レベルのパネルデータに基づく実証研究

執筆者 馬 欣欣(法政大学)/小松 翔(アジア成長研究所)
研究プロジェクト グローバル・インテリジェンス・プロジェクト(国際秩序の変容と日本の中長期的競争力に関する研究)
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル・インテリジェンス・プロジェクト(国際秩序の変容と日本の中長期的競争力に関する研究)」

情報通信技術(ICT)は世界中で急速に発展している。 多くの実証研究では、ICT が教育成績、生活の質、雇用などの個人の行動や成果に影響を与える可能性があることが示されている。生産性と収入に関して、 ICTの普及やその効果が集団や地域によって異なると、所得格差が拡大する可能性がある。

欧米を対象とした実証研究によると、1970年代以降の「スキル偏向的技術変化」(skill-biased technology change: SBTC)は、熟練労働者と非熟練労働者間の所得格差を拡大し、それが先進国における所得格差の拡大の主な原因であることが示されている。一方で、インターネットなどのICTの使用によって、発展途上国の農村住民の生産性と収入が向上し、貧困削減や収入の不平等が縮小することも指摘されている。しかし、発展途上国におけるICTの進歩と所得格差との関係に関する直接的なエビデンスは乏しい。近年、電子商取引が世界中に普及し、とくにコロナ感染症蔓延の時期に、電子商取引が大きく発展してきたが、電子商取引が所得格差に与える影響に関する実証研究がほとんど行われていない。

そこで、本研究は、独自に2011年から2018年の中国農村地域の県(county)レベルのパネルデータを構築し、固定効果モデル(個人の異質性[パーソナリティー、観察できない能力など]を取り除く計量分析モデル)や差分の差分法(Difference in Differences:DID、政策実施前後とトリートメントグループ(介入あり群)・コントロールグループ(介入なし群)間の2つの差を計測する方法)を用いて内生性の問題(説明変数と誤差項との間に相関がある問題)に対応したうえで、電子商取引の発展が中国農村部における先進県と後進県間の所得格差に与える影響に関する実証研究を行った。

実証研究の結果によると、興味深い3点の知見が得られた。第1に、電子商取引による所得格差への影響は地域によって異なる。具体的に、電子商取引の発展は、先進県では所得格差を拡大する効果を持つが、後進県では所得格差を縮小する効果を持つ。そのため、所得格差に対する電子商取引の総効果は統計的有意ではない。第2に、電子商取引が所得格差に与える影響は、農業の近代化水準が高い県では、それが低い県よりも大きい。第3に、電子商取引発展のレベルの差異(タオバオ村[中国最大のEコマースサイト「タオバオ」が中心的な産業になっている村]があるかどうか、タオバオ村の数の差異)と電子商取引の所得プレミアム効果の違い(タオバオ村であることが所得水準に与える影響の大きさ)のいずれも、所得格差の拡大に寄与している。

表1 先進地域と後進地域間の所得格差に関する要因分解の結果(寄与度)
表1 先進地域と後進地域間の所得格差に関する要因分解の結果(寄与度)
出所:筆者ら作成。
注:属性要因:各要因の数量の差異が所得格差に及ぼす影響の貢献度;評価格差:各要因が所得水準に与える影響の大きさの差異が所得格差に及ぼす影響の貢献度;属性格差と評価格差の合計値は100%となる。

実証結果の政策的含意に関して、次のように考えている。政府は農村部の貧困を緩和し、農村住民の収入を増やす有効な方法として電子商取引の発展を促進しているが、逆に所得格差を拡大する可能性がある。とくに、先進県の所得格差は全国の所得格差を拡大する可能性がある。デジタル時代における全国的な所得格差を縮小することは、中国政府にとって大きな課題となっている。 対策として、以下の3点を提言したい。

第1に、電子商取引へのアクセスをしやすくなると、先進県と後進県間の所得格差が拡大する傾向にある。後進地域における電子商取引プラットフォームを発展させる政策は、地域間の所得格差を是正する可能性があると考えられる。

第2に、電子商取引の所得プレミアムにおける先進県と後進県間の差異(Taobao村の数)が存在し、所得格差の拡大に寄与することが明らかになった。電子商取引の所得プレミアムの地域間の格差は、電子商取引の利用スキルの差異に関連すると考えられる。したがって、後進県の住民に電子商取引やICTの知識に関する教育訓練を提供する政策は、農村部の所得格差を縮小すると期待される。

第3に、農業近代化が電子商取引の発展に伴う所得格差を縮小する可能性があることが示されている。中国政府が挙げている「共同富裕」目標に達成するため、農業近代化を促進する政策が所得格差を是正する1つの政策として実施すべきである。