執筆者 | 鎌田 伊佐生(新潟県立大学 / 京都大学) |
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研究プロジェクト | 直接投資の効果と阻害要因、および政策変化の影響に関する研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「直接投資の効果と阻害要因、および政策変化の影響に関する研究」プロジェクト
各国の労働市場の柔軟性は海外直接投資(FDI)を左右する要因となっているのであろうか?もしFDIを行う多国籍企業が景気変動やビジネス動向に応じた雇用調整に対する柔軟性や調整に伴うコスト低減を志向しているのであれば、FDIは労働市場がより柔軟な国により多く向かっているだろう。他方、多国籍企業が社会的責任(CSR)等の要求に対してより敏感な場合は、FDIは雇用保護がより厚い国(すなわち労働市場の柔軟性がより低い)に向かっているかもしれない。この問いに対しては、今日までの研究からは未だ一致した見解は示されていない。
国内労働市場の柔軟性とFDIとの関係に関する従来の実証研究は、その多くがFDI受入国(ホスト国)の労働市場環境と当該ホスト国における対内FDIの総量とに着目したものであった。これに対して本稿では、FDIに関する二国間データを用いることでより多角的な分析を試みた。すなわち、FDIのホスト国および投資国のそれぞれにおける労働市場の柔軟性とそれら二国の労働市場の相対的柔軟性(ホスト国労働市場が投資国労働市場と比べてどの程度柔軟か)が当該国間のFDIに及ぼす影響について、計量分析の手法を用いて推定を行った。また、労働市場の柔軟性を測る指標についても、先行研究で広く用いられているOECDの雇用保護指標(OECD Indicators of Employment Protection)に追加して、他の調査資料――国際経営開発研究所(IMD)の『世界競争力年報』(World Competitiveness Yearbook: WCY)および世界経済フォーラム(WEF)の『国際競争力報告』(Global Competitiveness Report: GCR)――からも、雇用調整に関する柔軟性を示す3つの代替的指標を採用して分析に用いた。推定に用いたサンプルには最大で53のホスト国と148の投資国に関する2003年から2019年の17か年のデータが含まれており(注1)、また推定に際してはFDIに影響を持つと考えられるその他の諸要素(ホスト国および投資国の所得水準と人口、ホスト国における労働者の技能水準、実質賃金や様々な政治・経済・制度的な状況に関する諸指標、当該二国間の投資協定の有無など)についても統制(コントロール)した。
各ホスト国における各投資国からのFDI残高に対する両国の労働市場(雇用調整)の柔軟性の影響に関する推定結果は、下表のとおりであった。この結果は、労働市場の柔軟性のうちFDIに顕著な影響を及ぼしているのはホスト国における柔軟性であることを示しており、雇用調整における柔軟性が高いホスト国ほど対内FDIをより多く呼び込んでいる傾向があることが明らかとなった。またこの推定結果には、ホスト国のものほど顕著ではないものの、投資国側の労働市場の柔軟性もFDIに影響を及ぼしていることが示唆されており、投資国における厳格な雇用保護が対外FDIを抑制する可能性すなわち雇用保護の「投錨効果」(anchorage effect)を指摘したDewit, Görg, & Montagna(2009)等の先行研究とも整合的であるといえる。
他方、雇用調整に関するホスト国と投資国の間の相対的な柔軟性については、FDI残高に対する有意な影響は推定結果からは確認されなかった。このことは、特にFDI残高に現れているような企業の長期的意思決定の場合において、企業の対外FDIにとって重要なのは投資先となるホスト国の労働市場がその他の投資先候補の外国と比べてより柔軟であるかどうかであり、自国すなわち投資国と比べての柔軟性が主要な関心ではない、ということを示しているのかもしれない。但し、FDIフローについて同様の推定を行った場合では、OECD雇用保護指標とWCYの解雇手当(redundancy costs)指標とについてホスト国・投資国間の相対値について有意な影響が確認されており、残高の場合とは対照的に、企業の短期的なFDIフローの決定に際しては自国(投資国)と比べてのホスト国労働市場の相対的柔軟性(あるいはホスト国と比べての自国における相対的な解雇の困難さ)がある程度の重要性を持っている可能性も考えられる。

- 脚注
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- ^ 推定に用いる労働市場の柔軟性指標によってサンプルに含まれる国数や年数は若干異なっている。
- 参考文献
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- Dewit, G., Görg, H., and Montagna, C. 2009. Should I Stay or Should I Go? Foreign Direct Investment, Employment Protection and Domestic Anchorage. Review of World Economics 145: 93-110.