ノンテクニカルサマリー

道路交通量と大気汚染濃度:ダイナミック・パネルデータ分析に基づくエビデンス

執筆者 西立野 修平(リサーチアソシエイト)/ポール・バーク(オーストラリア国立大学)/有村 俊秀(ファカルティフェロー)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

世界の主要都市では、渋滞や自動車の排気ガスによる大気汚染の悪化が深刻化しており、道路交通量の削減を目的とした施策が導入されている。有名な施策の事例としては、ロンドン、ミラノ、サンディエゴ、ストックホルム、シンガポールで導入されているロードプライシングやメキシコシティ、北京、キトで導入されている運行規制が挙げられる。こうした施策は、交通量の削減には有効だが、大気汚染削減効果に関しては不明であることが先行研究によって明らかにされてきた。Gibson and Carnovale (2015)は、ミラノのロードプライシングは、大気中のCO(一酸化炭素)濃度を引き下げたが、PM2.5(微小粒子物質)濃度には効果がなかったと結論付けた。Green et al (2020)は、ロンドンの渋滞税は、COやPM2.5の濃度を低下させたが、NO2(二酸化窒素)濃度を上昇させたことを明らかにした。

本稿では、排ガス規制の対象になっている4つの大気汚染物質(NOX, CO, NMHC(非メタン系炭化水素), PM2.5)に着目し、日本における自動車の交通量が大気質に与えた効果を定量的に明らかにした。本稿では、まず初めに、3つの異なるデータ(大気汚染常時監視データ、2015年度道路交通センサス、気象データ)を位置情報に基づいて組合せ、大気環境測定局-時間レベルのパネルデータを構築した。図1は、1日(午前1時を除く)の自動車の交通量と大気汚染物質濃度の推移を表している。NOX、CO、NMHCに関しては、2変数間に相関があるように見えるが、PM2.5については関係が無さそうに見える。次に、気象条件を制御した上で、ダイナミック・パネルデータ分析を行い、大気質の自動車交通量に対する短期と長期の弾力性を推計した。分析の結果、NOX、CO、NMHCについては、短期の弾力性が0.04~0.05、長期の弾力性が0.09~0.17であることが分かった。PM2.5については、短期と長期の両方で統計的に有意な結果が得られなかった。

図1:1日の自動車の交通量と大気汚染物質濃度の推移
図1:1日の自動車の交通量と大気汚染物質濃度の推移
注:青色の点線は、自動車の交通量(自然対数表示、右軸)を表す。黒色の線は、各大気汚染物質濃度(自然対数表示、左軸)を表す。

2021年、WHO(世界保健機関)は、新たな大気環境に関するガイドラインを公表した。この新ガイドラインでは、短期の基準値が、NO2(二酸化窒素)で25 µg/m³、COで4 mg/m³、PM2.5で15 µg/m³に設定された。1日平均値の値が、年間でこの基準値を5日超えると、未達成となる。2020年の大気汚染常時監視データに基づくと、日本における未達成局の割合は、NO2で86%、COで17%、PM2.5で100%であった。本稿では、全ての大気環境測定局周辺の自動車の交通量が半分に減少したと仮定したら、未達成局がどれくらい減少するかNO2のケースでシミュレーションを行った。分析の結果、20(1420中)しか未達成局が減少しないことが分かった。この分析結果は、日本がWHOの新たな大気環境基準をクリアする為には、道路交通分野以外の大気汚染物質の排出削減も必要であることを示唆している。2021年の日本における経済活動に伴うNOXの年間排出量は約120万トンで、その内道路交通分野以外の割合は約80%(自動車以外の移動発生源が25%、発電が15%、産業が32%、その他が8%)で、排出削減の余地が大きい。