ノンテクニカルサマリー

経営陣による株式所有構造の調整

執筆者 Julian FRANKS(ロンドンビジネススクール)/Colin MAYER(オックスフォード大学)/宮島 英昭(ファカルティフェロー)/小川 亮(千葉商科大学)
研究プロジェクト 企業統治分析のフロンティア
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

融合領域プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業統治分析のフロンティア」プロジェクト

1932年にバーリとミーンズが『近代株式会社と私有財産』を著して以降、英米のコーポレート・ガバナンスの焦点は、上場企業における所有と経営の分離、および経営者と株主の間に生じるエージェンシー問題に置かれてきた。1960年代に敵対的買収、2000年代にヘッジファンド・アクティビズムという形で出現した経営権市場は、その分離への対応と見なされてきた。一方、大陸欧州・アジア諸国では、創業家一族や政府を中心とするブロック株式の保有者の存在によって、経営者・株主間のエージェンシー問題は緩和される。しかし、この場合、支配株主である内部者と少数株主であるアウトサイダー株主との間に生じる利益相反が問題となる。

これに対して、日本は、経営者と友好的な関係にある銀行、生保、その他の事業法人による小規模な株式相互保有が累積することで、内部者優位の構造が維持されてきたという歴史を持つ。そして、この内部者優位の構造がもたらす外部圧力の遮断は、バブル崩壊以降の「失われた20年」とも呼ばれる日本経済の長期低迷の元凶として厳しい批判の対象となってきた。しかし、安倍政権下のコーポレート・ガバナンス改革を経て、近年、日本に新たな企業支配の形態が生じつつある。本研究では、これを「内部経営権市場」と呼び、その実態を綿密に解明した。

従来の外部経営権市場と内部経営権市場の違いは、外部経営権市場が、英米にせよ、大陸欧州・アジア諸国にせよ、支配権の移動が経営者をバイパス(迂回)するのに対して、内部経営権市場は、支配権の移動が経営者自身によって組織化されているという点にある。その意味では、かつての小規模な株式相互保有も後者に該当するが、それとの明確な違いは大規模なブロック株式(の移動)を重要な構成要素としている点にある。

そして、この内部経営権市場を形成する鍵となるのが、自社株買い(自己株式の取得から処分に至る一連のプロセス)である。ファイナンスの教科書的には、自社株買いはエージェンシー問題や非対称情報の解消を動機として実施されるという見方が支配的であるが、日本企業の自社株買いの実態は大きく異なっている。

まず、自己株式の取得である。米国では企業が一定期間に市場価格で買い付ける立会市場取引が約9割を占めるのに対して、日本では5割を下回る。その残りは、本研究が「準私的取引」と呼ぶ、2つの買付手法で構成される。一方は、発行企業が前日に買付内容を公表し、翌日立会時間前に前日終値で取得される立会外取引(ToSTNeT)である。もう一方は、市場価格にディスカウントが付された買付価格で取得される株式公開買い付け(TOB)である。両者の特徴は、自己株式の取得が発行企業側ではなく、売却意思を持つ株主側によって主導されるという点にある。発行企業側からすれば、これに応じることで、株式が市場で売却されてアウトサイダー株主が増加するのを回避することができる。これが内部経営権市場を形成する第1段階である。

本研究では、反実仮想的に(すなわち、現実とは反対のことを想定して)、自己株式の取得が原則禁止のままであった場合に、現在の所有構造がどうなっていたのかを推計している。これは、内部者が保有株式を売却する際にそのすべてを市場で売却するという状況を仮想していることになる。結果は下図の通りである。

図 反実仮想的な株式所有構造の推移
図 反実仮想的な株式所有構造の推移

2001年度から2017年度にかけて、実際のアウトサイダー株主による株式保有比率は53%から7%ポイント増加しただけであったのに対して(赤)、自己株式の取得が原則禁止のままであった場合には、17%ポイント増加していたことになる(青)。掲載はしていないが、この反実仮想的な増加のうち半分程度は、準私的取引が寄与している。

そして、自己株式の消却と処分が、内部経営権市場を形成する第2段階と第3段階にあたる。本研究の対象期間に取得された自己株式のうち、消却されたのは4割弱で、残りの6割以上が金庫株として保有された。金庫株は議決権も配当請求権もないが、取締役会の決議により機動的に再発行され、資金調達に利用することができる。日本では、売出し(公募増資)を通じて再度資金を調達する場合もあるが、3割弱にとどまる。残りの金庫株は、4割程度が第三者割当に充てられる。その第三者割当で中心となるのが、新たな戦略的提携の構築(合弁会社設立や共同研究開発)の際に、提携先にブロック株式を割り当てるための再発行である。

このように、新たな内部経営権市場は、友好的な関係者が保有していた株式を準私的取引によって取得し、それを再度友好的な戦略的提携に基づいてブロック株式を割り当てることで形成されている。ただし、経営者によって組織された所有構造は、経営者の私的便益の追求を可能とするという点において否定的に評価されても不思議はない。しかし、本研究では、この内部経営権市場を形成する内部者からのブロック株式の取得、内部者へのブロック株式の売却に対して、市場は総じて肯定的に評価しているという点も確認された。

安倍政権下でのコーポレート・ガバナンス改革は、政策保有株の売却を一層促進させた。その帰結として、小規模な株式相互保有に特徴付けられる従来の内部経営権市場は縮小し、その代わりに、企業間でのブロック保有に特徴付けられる新たな内部経営権市場が登場した。しかも、この新たな内部経営権市場が、市場から好意的に受け止められていることを鑑みると、一連のコーポレート・ガバナンス改革の意義は大きい。

一方で、直近では、米国を中心とする「株主資本主義」への批判的な見方に支えられ、日本においても自社株買い規制が議論の俎上に載せられた。確かに、新たな内部経営権市場を形成する自社株買いにおいても、経営者の私的便益の追求を可能とする恐れがあることから、それを抑制するような施策を講じることには意味があるだろう。ただし、企業による合理的な意思決定を妨げるような画一的な規制ではなく、あくまでも市場の公正なルールからの逸脱を防ぐことにのみ注力すべきである。