ノンテクニカルサマリー

政策的不確実性がサービス分野の海外直接投資に与える影響:企業データによる分析と地域貿易協定の役割

執筆者 稲田 光朗(宮崎公立大学)/神事 直人(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 直接投資の効果と阻害要因、および政策変化の影響に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「直接投資の効果と阻害要因、および政策変化の影響に関する研究」プロジェクト

政策的不確実性が企業活動に与える影響について、これまでに多くの研究が行われてきている(例えば、Handley and Limao, 2017)。そのなかで、我が国が締結している経済連携協定 (Economic Partnership Agreement: EPA) をはじめとする地域貿易協定(Regional Trade Agreements: RTA)が政策的不確実性を低下させる効果が注目されている (Handley and Limao, 2015)。サービス分野の海外直接投資 (FDI) や貿易も政策的不確実性の影響を強く受けると考えられるが、実際にどの程度の影響があるのかは明確でない。RTAの締結により、国内ルールや規制の緩和を通じて、サービス分野のFDI・貿易の障壁削減も期待される。しかし、サービスに対する関税等価の貿易コストの削減という点では、思ったほど削減されていないことを示す先行研究もある(Miroudot and Shepherd, 2014)。では、サービス分野のFDIに対する政策的不確実性の低下という点ではどうだろうか。

国際貿易に関する研究では、実効税率(applied tariff)と譲許税率(bound tariff)との差によって政策的不確実性の程度が財レベルで測定されている(Handley, 2014)。それに対して、近年、サービス貿易に関する政策的不確実性を実際の貿易体制と拘束力ある約束の下での体制との差で計測する試みが行われている。しかし、RTAが発効すれば全ての分野についてサービス貿易・FDIが自由化されるかと言えば、そうではない。サービス産業には放送業や教育産業など、各国にとってセンシティブな産業が多く含まれるため、何らかの例外が設けられることが少なくない。例外の設け方には、大きく分けてGATS型とNAFTA型がある。GATS型とは、サービス貿易に関する一般協定 (GATS)のように、ポジティブリスト方式により、例外的に自由化を約束する産業をリストアップして、それ以外は原則自由化を留保するやり方である。他方、NAFTA型とは、北米自由貿易協定 (NAFTA) のように、ネガティブリスト方式により、例外的に自由化を留保する産業をリストアップして、それ以外は原則自由化するRTAである。一般的には、後者の方が自由化される範囲が広いと言われている。

先行研究(Lamprecht and Miroudot, 2020)では、GATS型のRTAに着目して、実際の貿易体制とRTAにおける拘束力ある約束の下での体制との差で、政策的不確実性が計測されている。それに対して、我々はNAFTA型のRTAに着目して政策的不確実性がサービス分野のFDIに与える影響を分析した。特に、RTAの拘束力ある約束(市場アクセス、内国民待遇、最恵国待遇)に着目した。

本研究は、Inada and Jinji (2020)が提唱した実証戦略に依拠する(注1)。この実証戦略は図1によって示される。横軸は時間を、縦軸は政策的不確実性(PU)の水準を示す。両軸が交差する時点でRTAが発効する。RTA発効前は、全ての企業が同じ水準(縦軸のXの水準)の政策的不確実性に直面している。RTA発効後は、ネガティブリストに入った産業の企業には政策的不確実性が温存されるが、それ以外の産業の企業は政策的不確実性が取り除かれる。こうしたRTA発効によって生まれる産業間の変動を利用して政策的不確実性の影響を捉えようとする。こうした実証戦略は、差の差推定の考え方に合致する。

図:RTAが発効する前後におけるPUの産業別変動
図:RTAが発効する前後におけるPUの産業別変動

分析では1995~2018年を対象期間として、日本が締結して2018年末までに発効したEPAのうち、サービス分野のFDIについてNAFTA型が採用された5つのEPA(注2)を対象に、政策的不確実性が日本企業の海外現地法人のサービス分野FDIの外延(新規設立・退出)と内延(出資比率)に与えた影響を検証した。表は分析で得られた差の差推定の係数推定値を示している。表中の係数の符号が負であれば、政策的不確実性がアウトカム変数に負の影響を与えたことを意味する。したがって、EPA発効により政策的不確実性が取り除かれた産業では正の効果があったと解釈できる。この表から、最恵国待遇に関する政策的不確実性を取り除くと海外現地法人の新規設立を促進する一方で退出も促進するが(黄色表示)、内国民待遇に関する政策的不確実性を取り除くと海外現地法人の出資比率を高めて退出も抑制することを示している(赤字表示)。最恵国待遇と内国民待遇に関する留保の新規設立および出資比率に対する効果は予想通りであるが、政策的不確実性が現地法人の退出に与える効果はやや複雑であることが窺える。また、市場アクセスの留保は、予想に反して有意な影響が見られなかった。

本研究の結果は、拘束力ある約束を適切に設定したEPAの締結が、政策的不確実性を取り除き、サービス分野FDIの活発化につながることを示唆している。したがって、政策的不確実性の低下によるサービス分野FDIの促進という観点からも、EPA締結の意義を捉えていくことが重要である。

表:ネガティブリストに入った産業ダミーとEPA発効ダミーの交差項の係数推定値
表:ネガティブリストに入った産業ダミーとEPA発効ダミーの交差項の係数推定値
注)論文中のTable 1からの抜粋。将来留保との交差項はほとんどが非有意であった。各列は、現地拠点立地要求の効果、親会社固定効果、産業×年固定効果、相手国×年固定効果、相手国×産業固定効果、産業別変数、そして現地法人別変数を制御している。*および**は、それぞれ5、1%水準で統計的に有意であることを示している。
脚注
  1. ^ 詳しくはInada and Jinji (2020)のノンテクニカルサマリーを参照されたい。
  2. ^ 相手国はオーストラリア、チリ、メキシコ、ペルー、スイスの5か国である。
参考文献
  • Handley, K. 2014. Exporting under trade policy uncertainty: Theory and evidence. Journal of International Economics, 94(1): 50–66.
  • Handley, K., and Limão, N. 2015. Trade and investment under policy uncertainty: Theory and firm evidence. American Economic Journal: Economic Policy, 7(4): 189–222.
  • Handley, K., and Limão, N. 2017. Policy uncertainty, trade, and welfare: Theory and evidence for China and the United States. American Economic Review, 107(9): 2731–2783.
  • Inada, M., and Jinji, N. 2020. To What Degree does Policy Uncertainty Affect Foreign Direct Investment? RIETI Discussion Paper Series 20-E-022.
  • Lamprecht, P., and Miroudot, S. 2020. The value of market access and national treatment commitments in services trade agreements. The World Economy, 43(11): 2880–2904.
  • Miroudot, S., and Shepherd, B. 2014. The paradox of ‘preferences’: regional trade agreements and trade costs in services. The World Economy, 37(12): 1751–1772.