ノンテクニカルサマリー

スタートアップの成長要因:実証研究に向けた分析枠組み

執筆者 浜口 伸明(ファカルティフェロー)/João Carlos FERRAZ(Universidade Federal do Rio de Janeiro)
研究プロジェクト アフターコロナの地域経済政策
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「アフターコロナの地域経済政策」プロジェクト

スタートアップ企業は投資家が高いリターンを期待する対象として、また政府が雇用創出を期待する担い手として、さらに地方自治体・大学・大企業がオープンイノベーションを活性化する連携先として、高い注目を浴びるようになっている。政府は「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」(令和4年6月)の中でスタートアップ育成5か年計画の策定を構想し、スタートアップ担当大臣を置くとともに、内閣総理大臣を本部長とする「新しい資本主義実現本部」では、スタートアップ育成分科会で検討されたスタートアップ育成5か年計画(案)と「スタートアップ育成5か年計画ロードマップ」案が審議されている。その内容は、(1)スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築、(2)スタートアップのための資金供給の強化と出口戦略の多様化、(3)オープンイノベーションの推進を3つの柱とするものである。

本稿の目的は、日本において政策の力点が置かれるようになったスタートアップ育成に関して、先行研究を広くレビューすることによってこれまでに得られている学術的知見を整理し、日本の事例で実証研究を行う際に留意すべき論点を明らかにすることにあるが、同時に、政策を推進するにあたってどのようなエビデンスを確認しながら進めるべきかという関心に対して示唆を与えることも期待している。

スタートアップには設立から年数が少なく、規模が小さく、革新的な技術を有し、急速に成長する企業というイメージがあるが、先行研究ではこれを厳密に定義したコンセンサスが存在しない。このことは、実証分析、およびスタートアップ育成政策の対象を選ぶときに、企業年齢、規模や成長速度の測り方、技術分野の範囲、等の基準を慎重に設定する必要があることを示唆している。米国においてはスタートアップの9割が設立後1年以内に倒産すると言われており、生存企業だけを分析することから生じるセレクション・バイアスにも注意しなければならない。

なんらかの基準でスタートアップ企業を若く小規模な企業と定義したとして、我々の研究と政策立案の関心は、スタートアップ企業の生存と成長を支える要因を探ることにある。本稿は、経営学者エディス・ペンローズが著した『会社成長の理論』(第2版 ダイヤモンド社 1980年。原著初版は1959年)で企業を企業家、会社組織、外部要因を含む生産的リソースの集合体と捉えた見方に基づく。

多様なリソースは相互に代替可能であり、例えば、企業家としての個人的リソースが足りない場合に組織あるいは外部リソースで補うことができるが、あるリソースを他のリソースで完全に代替することはできないので、企業の成長に伴ってすべてのリソースがある程度バランスよく拡大する必要がある。年齢と規模が小さいスタートアップ企業はもともと保有しているリソースが小さいこと、急成長を遂げる場合にリソース間の補完関係をスムーズに調整することができないこと、などが成長を制約する要因として考えられる。

そこで、実証研究の課題として、どのリソースがスタートアップ企業の生存と成長を制約する要因となっているのかを探求することが浮かび上がってくる。本稿では考察すべきリソースを企業の内部リソースと外部リソースに分けている。内部リソースは、さらに企業家(スタートアップ企業の創立者)の起業能力(アントレプレナーシップ)を規定する教育、技術力、問題解決能力、コミュニケーション能力などの個人的資質と、創業チームの組織的能力、従業員の生産性などに分けられる。

外部リソースは資本、労働等の空間的限定性を持たず市場で調達可能なものと、知識やソーシャルキャピタルのような限定空間的スピルオーバーによるものに分けられる。前者は、ベンチャーキャピタルファンドや個人投資家等の供給サイドから規定される市場の発達程度にも依存する。後者は企業自身による立地選択と、地域の多様な主体が形成するスタートアップエコシステムの状態に依存する。

スタートアップ企業の成長要因
リソース 内容
企業内部リソース 企業家(個人的資質)
組織(経営チームの資質と規模)
企業外部リソース 市場関係(資本、労働、製品の供給・受容能力)
外部経済(空間限定的なソーシャルキャピタルや知識のスピルオーバーの波及)

政策の視点から捉えなおすと、スタートアップ企業の形成、および生存と成長を促進するようなリソースの形成を支援することが求められる。例えば、アントレプレナー教育や科学技術開発を高等教育レベルで実践的に行うのみならず初等・中等教育から創業の価値を文化として育成することが個人リソースの充実に必要ではないか。また諸外国でスタートアップ企業の急成長を支えてきたとされるエクィティ投資が日本で未発達とされる中、そうした国際標準の方向を目指すべきか、あるいは従来から日本の強みとされる融資による資金供給をスタートアップに適合させたベンチャー・デット金融を重視すべきかについての議論も必要だろう、地域においては、地域固有資源を活用してヒト・モノ・カネの地域内の循環を支えつつ外に対して常にオープンでもあるスタートアップとイノベーションのエコシステムを形成する主体間の有機的結合を促す仕組みが必要である。