ノンテクニカルサマリー

コロナ禍前のインバウンド需要と地域経済の生産性-観光業の集積効果と電子決済の役割-

執筆者 亀山 嘉大(佐賀大学 / アジア成長研究所)
研究プロジェクト アフターコロナの地域経済政策
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「アフターコロナの地域経済政策」プロジェクト

新型コロナウイルスのパンデミック以前、訪日外国人旅行者数は、2016年に2,404万人、2017年に2,869万人、2018年に2,856万人、2019年に3,188万人を記録し、2003年のビジット・ジャパン・キャンペーン(VJC:Visit Japan Campaign)の開始時点(500万人)の6倍増になっていた。2019年のインバウンド消費額は約4兆8,000億円(観光庁、2020)を記録した。インバウンド消費額がGDPに占める比率は約0.7%である。生産波及効果は約7兆8,000億円であった(経済産業省、2020)。これらの経済効果を求めて、これらの経済効果を自地域に引き込むために、多くの地方自治体が、訪日客にプロモーションを行った。コロナ禍以前の訪日客は、アクセスの拠点性や宿泊キャパシティが高く、買い物の多様性を兼備した大都市圏、著名な観光地である北海道、京都府、沖縄県といった地域に集中したが、地方にも一定の訪日客が訪れるようになっていた。これに伴い、日本全国で観光業の集積形成とともにIT化が進んだ。特に、キャッシュレス決済と旅行サイトを通じた予約サービスは、かなり普及した印象である。それでは、コロナ禍以前の訪日客の増加とそれに伴う観光業の集積形成とIT化は、日本の地域経済にどのような影響を与えたのであろうか。

このような問題意識のもと、本稿では、2014~19年における都道府県パネルデータを活用して、日本政府と地方自治体の誘致の目標値である訪日外国人旅行者数が地域経済に寄与してきたかどうかを検証した。観光の集積効果の把握のために、訪日外国人旅行者数のNetの効果を観光マーケットポテンシャル(TMP:Tourism Market Potential)で計測した上で、地域のTMPと観光業のIT化が都道府県の生産性と賃金にどのような影響を与えてきたのかを分析した。なお、IT化は、クレジットカードやデビットカードの使用状況、並びに、旅行形態(団体旅行か個人旅行)で充当した。個人旅行は、航空券などのインターネット手配が主流である。

表Aから、TMPとIT化(クレジットカード)は業種に関係なく生産性に寄与していた。一方で、IT化(デビットカード)は小口決済が多くなる宿泊・飲食サービスの生産性には寄与していたが、それ以外では逆の効果をもっていた。表Bから、TMPとIT化(クレジットカード)は業種に関係なく域内総生産に寄与していた。一方で、IT化(デビットカード)は業種に関係なく域内総生産に寄与していなかった。旅行形態に関係なく、団体旅行や個人旅行は全産業と宿泊・飲食サービス業の域内総生産に寄与していた。表Cから、IT化(デビットカード)以外は、全産業の賃金に寄与していた。ある種の人的資本である観光職員の効果も検出された。これらの分析結果から、既存のITネットワークであるクレジット決済のサービスを充実させつつ、導入に当たり機械などの初期費用の負担が少ない他のキャッシュレス決済手段に切り替えていく必要がある。さらには、支払いや予約だけではなく、配膳サービスの無人化、キッチンの機械化など、これは店舗の規模に関係なく進めていく必要がある。

表A 業種別に見た地域の生産性(Y/L)に対するTMPと観光業のIT化の効果
表A 業種別に見た地域の生産性(Y/L)に対するTMPと観光業のIT化の効果
注:各説明変数の効果は、正で有意なものを+、負で有意なものを-、有意でないものを空白で示している。なお、(-)は負で有意ではないものを示している。
表B 業種別に見た域内総生産(Y)に対するTMPと観光業のIT化の効果
表B 業種別に見た域内総生産(Y)に対するTMPと観光業のIT化の効果
注:各説明変数の効果は、正で有意なものを+、負で有意なものを-、有意でないものを空白で示している。なお、(-)は負で有意ではないものを示している。
表C 賃金(w)に対するTMPと観光業のIT化の効果
表C 賃金(w)に対するTMPと観光業のIT化の効果
注:各説明変数の効果は、正で有意なものを+、負で有意なものを-、有意でないものを空白で示している。なお、(-)は負で有意ではないものを示している。