ノンテクニカルサマリー

日本における資本蓄積の低迷:上場企業データを用いた実証分析

執筆者 石川 貴幸(立正大学 / リサーチアシスタント)
研究プロジェクト コロナ危機後の資本蓄積と生産性向上
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「コロナ危機後の資本蓄積と生産性向上」プロジェクト

2010年代に入ってから日本企業の資本収益率は90年代と比較して高い水準にある。標準的な投資理論によれば、高い資本収益率は高い水準の企業価値をもたらし、高い企業価値の企業はより多くの投資を行うはずである。しかし、高い資本収益率にもかかわらず、日本では有形資産投資の低迷が課題となっている。

同様の問題は他の先進国においても同様ではあるが、Crouzet and Eberly (2018)などは有形資産投資の低迷は無形資産投資へのシフトが原因だとの見方を行っている。これは、企業価値には有形資産に起因する収益によるものだけではなく、観察されない無形資産による収益も含んでいるために生じる。すなわち、有形資産投資が不足している部分を無形資産が補っているというのが他の先進国で起こっている現象である。

日本において有形資産投資の不足部分を果たして無形資産投資が補っていると言えるのだろうか。

本研究では日経NEEDS Financial Questに収録されている上場企業のデータを用いてCrouzet and Eberly (2018)の手法に則って分析を行った。分析の基盤となるのは標準的な投資理論であるTobinのQ理論である。Tobinの平均Qには有形資産だけではなく観察されない無形資産の貢献による企業の収益が反映されている。しかし、平均Qから推測される理想的な投資量と現実の有形資産投資の間には、観察されない資産の貢献もあり、乖離が生じるはずである。この乖離を投資ギャップと呼び、この投資ギャップの負の部分がR&Dでどの程度説明できるかを検証する。

図はサービス産業における投資ギャップと、その投資ギャップがどの程度R&Dで説明できるかを、推計結果を用いて比較検証したものである。図中の投資ギャップは投資関数を推定した際の年次ダミーの係数であり、これはTobinの平均Qが示す投資量と実際の有形資産投資の差を表している。この値が負であることは、平均Qが示す投資量よりも実際の有形資産投資が過少であることを意味している。また修正投資ギャップは産業別の投資ギャップを被説明変数、産業別に集計したR&D資産/有形資産比率を説明変数として回帰したときの年次ダミーの係数である。これは投資ギャップのうちR&Dでもカバーされない有形資産投資の過少部分である。実際に系列を確認してみると、サービス産業における投資ギャップの負の部分は年々拡大傾向にある。2010年頃までこの負の投資ギャップ、すなわち有形資産の不足部分はある程度R&Dでカバーされていた。しかし、その後負の投資ギャップの拡大とともにR&Dのカバーできる範囲は小さくなっている。

以上のことは、日本のサービス産業において積極的なR&D投資が必要なことを示唆している。また図の結果ではR&Dしか無形資産として取り扱えていないが、ソフトウェアや人的資本などより広義の無形資産も重要であることが認識されており、これらの無形資産へのシフトが、有形資産投資が低迷しているように見える要因なのかを分析することが急がれる。R&D投資や無形資産投資はイノベーションの源泉であり、これらの投資活動を通じてイノベーションを引き起こすことが生産性の向上に繋がる。勿論、無形資産投資だけではなく、機械・設備や建物などの従来的な有形資産投資も、新たな技術を取り込み、生産性を向上させるという意味で重要である。従って有形・無形資産どちらかに偏った支援ではなく、両資産への投資を支援するような取り組みが必要であると言える。

図1 対象事業所(Targeted)群と非対象事業所(Non-targeted)群の非効率性の平均トレンド
投資ギャップと修正投資ギャップ(サービス産業)
参考文献
  • Crouzet, Nicholas and Janice, C. Eberly (2018) "Understanding Weak Capital Investment: The Role of Market Concentration and Intangibles" presented at Federal Reserve Bank of Kansa City Conference.