ノンテクニカルサマリー

日本と米国の異なるFTA戦略:品目別原産地規則の分析

執筆者 安藤 光代(慶應義塾大学)/浦田 秀次郎(理事長)/山ノ内 健太(香川大学)
研究プロジェクト 世界経済の構造変化と日本経済:企業と政府の対応
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「世界経済の構造変化と日本経済:企業と政府の対応」プロジェクト

自由貿易協定(FTA)に期待される効果の一つは、最恵国待遇(MFN)関税より低いFTA特恵関税の利用を通じた関税削減による貿易の拡大である。FTA税率の利用には、各FTAで定められた原産地規則(ROO)にもとづいて、そのFTA加盟国・地域内で生産されたことを示す原産地証明の取得が必要である。FTAによる優遇措置を加盟国に限定させるためにはROOは必要な規則ではあるが、条件を満たしにくいROOであれば、FTA税率の利用は難しくなり、貿易の拡大は実現しづらくなる。そのため、ROOは、恣意的に使えば、ROOを隠れ蓑にした保護主義的な手段ともなり得るし、グローバル・バリュー・チェーン(GVC)や国際的生産ネットワーク(IPN)といった国際分業体制にも影響を与え得る。そこで、本論文では、東アジアと北米のGVC/IPNの主要なプレーヤーである日本と米国のFTAを対象とし、品目ごとのROO規定である品目別原産地規則(PSR)を詳細に分析して、類似点・相違点を中心にその特徴を議論している。

主要なPSRタイプとFTA間でのPSRのばらつき方は両国間で大きく異なる。PSRのうち実質的な変更があったと判断する基準として、関税分類(HS)の規定桁数での変更を要する関税分類変更基準(CTC)(HS2桁基準のCTCをCC、4桁のものをCTH、6桁のものをCTSHと呼ぶ)や必要な域内原産比率を定めた付加価値基準(RVC)などが挙げられるが、日本の場合、CTCかRVCのいずれかを満たせば良いという選択的タイプ(“CTC or RVC”)が最も多くの製品に適用されている。一方、米国の場合、一部のFTAではRVCが、残りのFTAではCTCが主流であり、それぞれのグループのFTA に関して、単純化されたPSRタイプ(RVCの比率の違いや例外・許可品目などの細かな条件を無視した形)をもとにPSRの構成を見ると、FTA間で非常に似通っている。しかし、細かな違いも区別した詳細なタイプに基づいてPSRをみると、米国のPSRは、実は、日本のケースよりも、さまざまに異なり、複雑なタイプが多く用いられる傾向にある(図1)。RVCも、日本と違って、同じFTAの中でもさまざまな基準が採用されている。

両国のそのような違いは、GVC/IPNが発展している機械産業で、とりわけ顕著である。日本のFTAでは機械製品のほとんどに“CTH or RVC”や“CTSH or RVC” という選択的タイプが採用されているのに対し、米国のFTAでは機械製品の多くに特殊なタイプ(“CTC or (CTC and RVC)”の複雑なタイプ)が適用されている(図2)。実際、統計的な推計から、前者は貿易制限度が低い一方で、後者は貿易制限性が高いことが確認されており、特に米国の輸出に大きな負の影響をもたらしている。このような貿易制限的なPSRは、米国のFTAによる貿易拡大効果が全産業と比べて機械産業で特に低い原因の一つになっていると考えられる。

機械産業において、MFN関税率がほぼゼロである日本側にPSRを厳しくするインセンティブはないが、相手国側には有税品目も多く、PSRを厳しくするインセンティブが生じうる。しかし、日本やASEAN諸国は東アジアのGVC/IPNの重要性を意識し、そのさらなる活性化のためのFTAの活用を図ってきたために、日本の多くのFTAでは、GVC/IPNフレンドリーな、より貿易制限度の低いPSRの設計が実現している。一方、米国は、貿易制限的で複雑なPSRを設計し、むしろ貿易保護の手段としているようである。IPNが発展している北米内のFTAを見ても、北米自由貿易協定(NAFTA) から米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)に改訂された際、一部の品目でさらに厳しい条件が追加されたり、より満たしづらいような変更が加えられている。その中には、むしろ域内の国際分業さえも阻害し得るPSRも含まれており、両国のFTA戦略は対照的となっている。

ただし、両国ともに、共通して一部の保護産業では厳しいPSRを採用しており、複雑なタイプも決して少なくはない。大きなコストを払ってFTAを締結し、貿易自由化の効果に期待するならば、自由化の水準を上げるだけでなく、複雑なタイプやより貿易制限的なタイプを避け、使い勝手の良いROOを設定することが重要である。

図1 日本と米国のFTAにおける品目別原産地規則(PSR)タイプの数
図1 日本と米国のFTAにおける品目別原産地規則(PSR)タイプの数
データ出所:ICTデータベースを用いて筆者作成。
注:枠で囲った合計数はいずれかのFTAで用いられているPSRタイプの集計数を示している。米国のnon-MENA FTAは、2000年代・2010年代に発効したFTAのうち中東北アフリカ(MENA)諸国以外の国とのFTAを指す。MENA諸国との FTAではほとんどの製品にRVC単体が適用されていることを踏まえ、米国の合計数については、non-MENA FTAのみのケースと、これにNAFTAとUSMCAを加えたケースを併記している。なお、イスラエルとNAFTAは2000年より前に、USMCAは2020年に発効している。
図2 機械産業における日本と米国の主なPSRタイプ(%)
図2 機械産業における日本と米国の主なPSRタイプ(%)
データ出所:ICTデータベースを用いて筆者作成。
注:ここでは単純化されたタイプとして表示している。“CTC or (CTC and RVC)”にはさまざまなパターンが含まれるが、ここにさらに例外や許可品目など細かな条件が付随し、実際にはかなり複雑なPSRになっているものが多い。