ノンテクニカルサマリー

学校の説明責任と生徒の成績:近隣学校の役割

執筆者 両角 淳良(ノッティンガム大学)/田中 隆一(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 大規模行政データを活用した教育政策効果のミクロ実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策評価プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「大規模行政データを活用した教育政策効果のミクロ実証分析」プロジェクト

多くの先進国では重要な教育政策として、児童・生徒を対象とした全国統一学力テストが定期的に行なわれている。そのようなテストは目的別に異なった種類のものに分類できるが、小・中学校段階におけるテストの主要な目的としては「学校・親へのテスト結果のフィードバックを通じて児童・生徒の学びの質を向上させること」があげられる。例えば2015年には、38のOECD加盟・パートナー諸国のうち31カ国が小学校教育の段階でこの種の全国統一学力テストを実施した。日本では2007年度より「全国学力・学習状況調査」が実施されている。

全国統一学力テストを設計・実施する上での重要な論点は、テスト結果を一般公表する際の集計レベル(学校レベル、あるいは自治体や州などの上位のレベル)をどこに設定するかである。実際にそのレベルは国によって異なり、例えば前述の31のOECD加盟・パートナー諸国のうち14カ国が学校レベルで、残りがより上位の集計レベルで全国統一学力テストの結果を公表したことが報告されている(OECD, 2015,“Education at a Glance 2015: OECD Indicators,” OECD Publishing, Paris, http://dx.doi.org/10.1787/eag-2015-en)。

過去の学術研究では、全国統一学力テストの結果を学校レベルで開示することが児童生徒の学力成果にどのような影響を与えるかを分析するものが多く、学校レベルの統一テストにおける結果を開示することが児童生徒の学力を改善する可能性を持っているという結果が報告されている。このような結果の解釈として、学校レベルでの統一学力テストの結果公表は学校間で比較可能なパフォーマンス指標を提供することを通じて学校の(児童・生徒の)親・近隣住民に対する説明責任を強化している、という点が強調されている。

また過去の研究は、学校レベルでの統一学力テストの結果公表の効果は、学校やその学校に通う児童生徒の特徴等により異なるという点も指摘している。例えば、学校の当初の(つまり公表前の)パフォーマンスが比較的低かった場合や、学校が公立ではなく私立の場合にそのような効果がより大きくなることが指摘されている。このような効果の多様性はきめ細かな政策を立案するうえで重要な結果である。

そこで本研究では、全国統一学力テストの小学校別結果の情報開示による小学校の説明責任の強化が、小学校児童の学力向上に正の影響を与える条件について、特に「近隣小学校の数」による効果の違いに着目して分析を行った。具体的には、2013年9月に日本のある都道府県において全国統一学力テスト(全国学力・学習状況調査)の小学校別の結果が事前の予想に反して突如一般開示されたことに注目し、この都道府県を、学校別結果の開示のなかった他の都道府県と比較することで、学校の説明責任強化が児童の学力に与える因果効果を推定し、その効果が近隣にある小学校の数によって異なるかを考察した。

分析の結果、全国統一学力テストの学校レベルの結果に関する情報開示は、小学校における児童の学力向上を一般的に促進することが分かった。さらに、児童の学力向上に対する効果は、近隣にある小学校数が多い場合に、より強くなることもわかった。具体的には、半径1.5km以内にある小学校の数が1校増えるごとに、国語の学校別結果の公表が、その後の学力調査における個々の児童の国語の成績を引き上げる効果が標準偏差で約0.04ポイント向上することが確認された(表を参照)。そして近隣の小学校の数が多いほど児童の成績に対するより大きな正の情報効果が生じるのは、特に当初(開示前)の学校の統一学力テストにおける成績が比較的低かった場合であることがわかった。

表 情報開示に伴う学校の説明責任の強化が児童の国語のテストスコアに与えた影響
表 情報開示に伴う学校の説明責任の強化が児童の国語のテストスコアに与えた影響
注)(1)列と(3)列の推定モデルは以下の通りである。Yism,t =β1+β2 Treatt+β3 Treatt*Nsm+β4 Treatt*Ȳsm,t-1+β5Ȳsm,t-1+Xism,t η+Zsm,t θ+Cm,t κ+υs+εism,t。(2)、(4)列のモデルは、さらに処置ダミー(学校別結果開示の有無)と、総児童数、就学援助受給割合、日本語指導の必要な児童割合、校長の現在校での経験年数、及び予算裁量の有無との交互作用項を追加したものである。(1)・(2)列((3)・(4)列)では1.5km 以内にあるすべての小学校(隣接学区の小学校のみ)を近隣校としてカウントしてある。サンプル期間は 2013 年と 2014 年。従属変数である児童の国語A(基礎)のテストスコアYism,t は、正答率を全国レベルで年度別に平均 50、標準偏差 10 に標準化したもの。Treattは、2013年の説明責任ショック(全国統一学力テストの予想外の小学校別結果の公表)後、最初の統一学力テストが実施された年であるt=2014の場合に1の値をとるダミー変数。Nsm は近隣の学校数、Ȳsm,t-1 は前年度のテストスコアの学校平均、Xism,t (Zsm,t,Cm,t) は児童レベル(学校レベル、市レベルの教育支出、教育制度関連)の変数、υsは学校固定効果。括弧内は学校レベルでクラスター化された頑健なt値。*** p < 0.01, ** p < 0.05, * p < 0.1.

これらの結果は「全国統一学力テストの学校レベルでの結果の開示は保護者に対する学校の説明責任を強化するが、特に隣接校が多い場合には保護者による近隣学校との比較を通じて学校の説明責任がより一層強化された」と解釈できる。上記のとおり、日本に限らず世界中幅広く行われている全国統一学力テストを実施する上で、どの集計レベルで結果を開示するべきかは、テストを設計する各国の教育政策当局が決定しなければならない重要な問題である。この論文は統一学力テスト結果を学校レベルで開示することが児童の学力成果にどのような影響をあたえるか、そして近隣の学校の数によって児童の学力への影響がどう違うのかに関する新しい科学的エビデンスを提供する。特に重要な政策的含意としては、統一学力テストの制度設計を通じて学校の説明責任・インセンティブに働きかけることで究極的には児童の学力を伸ばしうることを示した点である。