ノンテクニカルサマリー

家庭の社会経済的背景のクラス内ランクがいじめ被害、欠席行動に及ぼす影響

執筆者 井上 敦(NIRA総合研究開発機構)/田中 隆一(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 大規模行政データを活用した教育政策効果のミクロ実証分析
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策評価プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「大規模行政データを活用した教育政策効果のミクロ実証分析」プロジェクト

児童生徒のいじめ、長期欠席は、学業成績の悪化、中途退学、将来の賃金低下など、子どもたちに深刻な不利益を及ぼす。OECD(2019)“PISA 2018 results (Volume III): What school life means for students' lives”によるとOECD加盟国全体で15歳の生徒の23%が月に数回以上いじめの被害に遭い、21%が少なくとも2週間に1回は学校を欠席している。こうした状況に有効な対策を講じるには、いじめや長期欠席を引き起こす要因を明らかすることがまずもって重要となる。

その要因の1つとして家庭の社会経済的背景(以下、SES)が指摘されている。先行研究ではSESが低い生徒はいじめの被害に遭いやすく、長期欠席の可能性が高いことが多く報告されている。しかし学校や学級など、集団内における相対的なSESが、いじめや長期欠席とどう関係しているかはほとんど知られていない。

相対的なSESは少なくとも以下の2つの理由で注目に値する。第一に、相対的なSESは学校やクラスメートの家庭の相対的な裕福度を把握するものとして使うことができる。所属集団の平均的なSESが高いと自分のSESは相対的に低くなり、逆に、所属集団の平均的なSESが低いと自分のSESは相対的に高くなる。そのため、相対的なSESはクラスメートの家庭の相対的な裕福度の逆数となる。性別、人種、能力などのクラスメートの特性が本人の様々な教育成果に影響を及ぼすことは先行研究で多く報告されており、相対的なSESで測定されたクラスメートの相対的な裕福度がいじめや長期欠席に影響を及ぼすことも考えられる。第二に、相対的なSESは「相対的剥奪」という概念とも関連している。相対的剥奪とはある集団内の資源配分の不均衡によって生じる比較であり、社会的地位の違いから不公平感、ストレス、劣等感を抱くというものであり、これらの感情がいじめや長期欠席と関連している恐れもある。

本研究では相対的なSESとしてクラス内のSESランク(順位)を算出して、SESランクが学校でのいじめ被害、欠席行動に及ぼす影響を検証した。国際的な学力調査である国際数学・理科教育調査(Trends in International Mathematics and Science Study)の2015年の世界中のデータを用いて分析した。その結果、絶対水準のSESはいじめ被害、欠席行動と負の関係にある一方、絶対水準のSESを所与とすると、中学2年生ではクラス内のSESランクが高い生徒ほどいじめの被害を受けやすく、欠席行動をとりやすいことがわかった(図1の(1)列、(2)列を参照のこと)。これはいじめの被害や欠席には絶対水準のSESだけでなく、クラス内の相対的なSESが重要な要因になっていることを意味する。

図1 クラス内SESランクがいじめ被害、欠席に及ぼす影響
図1 クラス内SESランクがいじめ被害、欠席に及ぼす影響
注)データは2015年の国際数学・理科教育調査(TIMSS)。被説明変数は、いじめ被害尺度(世界平均10、標準偏差2)、および、2週間に1回以上⽋席した場合に1となるダミー変数。いじめ被害尺度は数値が低いほど、いじめの被害が多いことを⽰す。SESランクは、児童⽣徒のSESのクラス内パーセンタイルランク。回帰式には、⽣徒属性(性別、年齢)、絶対⽔準としてのSES(4次項まで)、⽋損した変数を補正した場合に1となるダミー変数、学校固定効果が含まれる。各国が同じ重みになるように、重み付けして推定。括弧内の数字は、学級レベルでクラスタリングされた標準誤差。***は1%⽔準、**は5%⽔準で、統計的に有意であることを⽰す。

次にSESランクが生徒の意識に及ぼす影響を検証したところ、SESランクが高くなると、生徒は学校にいたくなくなり、学校で身の危険を感じるようになり、帰属意識が薄まり、友人に会いたくなくなることがわかった。さらに友人関係だけではなく、SESランクが高まると、教師から不当な扱いを受けている、学校では多くのことを学べないといった意識が強くなり、教師や学校との関係も悪化することがわかった。これらの結果はSESランクの高い生徒ほど、友人、教師、学校との関係を含め、全般的に学校での学習環境が悪化していることを示唆する。こうした帰属意識の高さと欠席行動の間には負の相関があり、いじめ被害と欠席行動の間には正の相関がある。先行研究ではいじめの被害が学校回避の要因となることが報告されており、今回の結果もSESランクが高まると、学校でのいじめの被害の増加や帰属意識の低下を通じて、欠席行動が引き起こされている可能性を示唆している。

さらにSESランクの効果には異質性がある。その1つは学年による違いであり、中学2年生で確認されたSESランクの効果は小学4年生では見られなかった(図1の(3)列、(4)列を参照のこと)。この結果は、小学生は友人関係を築く上でクラスメートのSESをほとんど意識しないが、年齢が上がるにつれて意識するようになることを示唆している。また、国の所得格差によってSESランクの効果に違いがあり、所得格差の大きい国ほどSESランクの影響が強まることがわかった。このことは不平等な社会ほど社会経済的背景の違いによる不公平感、ストレス、劣等感が強まり、いじめ被害や欠席行動が起きやすい可能性を示唆している。

本研究での発見は教育政策の担当者や学校現場の教職員に新たな視点を与える。これまでいじめや長期欠席の支援対象の中心は絶対水準のSESが低い、生活に困窮する家庭や低所得の家庭の生徒が中心であったが、本研究の結果は相対的にSESの高い生徒がいじめの被害に遭わないようにするための支援の必要性をも示唆していると言える。