ノンテクニカルサマリー

福祉サービス第三者評価と保育の質との関連:現状と課題

執筆者 藤澤 啓子(慶應義塾大学 / 東京財団政策研究所)/杉田 壮一朗(慶應義塾大学 / 東京財団政策研究所)/深井 太洋(筑波大学 / 東京財団政策研究所)/中室 牧子(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 人的資本(教育・健康)への投資と生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「人的資本(教育・健康)への投資と生産性」プロジェクト

日本では就学前教育は義務化されていないが、義務教育開始前までにほぼ全ての子ども達が保育所や幼稚園等を長時間利用している実態がある。そのため、幼い子ども達が幼児教育施設において経験する教育やケアの質が保障されるよう努めることは、子どもの基本的人権の擁護という視点から重要である。良質な幼児教育・保育の環境によって子どもに適応的な発達結果がもたらされることを介して、社会全体でさまざまな形での受益があることを示す知見が蓄積されたことも合わせて、幼児教育の公共的性質が再認識され、幼児教育・保育の質の担保と向上は現在重要な政策課題の一つとなっている。

日本における保育の現場では、日々の実践についての省察や自己評価、園内研修などを通して保育者の実践知を深め、保育者としての専門性を高めることによって質の向上を目指す取り組みが行われてきた。このような取り組みに加え、評価機関等による外部評価を受審し多様な視点・客観的視点を取り入れることでさらなる質の確保と向上を目指すことが保育所の社会的責任として求められるようになっている。

社会福祉法の規定を背景に、「社会福祉事業の経営者が行う福祉サービスの質の向上のための措置を援助するための事業」として福祉サービス第三者評価事業がある。児童福祉施設の設備及び運営に関する基準によって、保育所には第三者評価の受審と結果の公表の努力義務が課されている。福祉サービス第三者評価事業は、事業開始から約20年が経過し、受審率の低さや結果公表のあり方などさまざまな課題が指摘されてきたが、第三者評価事業の目的「事業者が提供する福祉サービスの質の向上」「利用者のサービス選択に資するための情報となること」が達成されているのかについて検証した研究は見られない。

そこで本研究は他の道府県と比較して保育所の第三者評価受審率が高い東京都福祉サービス第三者評価事業を分析対象とし、①第三者評価による評価結果から施設間のサービス内容の差異をとらえることは可能であるのか、②第三者評価による評価の妥当性は担保されているのかについて検討を行った。

その結果、共通評価項目のほとんどの項目について達成度が満点となっている保育所が非常に多く、また在園児の保護者が回答する利用者調査結果においても、ほぼ全ての質問項目において肯定的な評価の占める割合が非常に高いことが明らかになった。つまり、どの保育所においても高評価となっているため質の向上については検証しにくく、また一般の利用者が保育所間の差異を見出だすことは難しいと言える。これらを踏まえると、福祉サービス第三者評価事業の目的が達成されているとは言い難い。

また、第三者評価事業による評価結果は共通評価項目及び利用者調査ともに、学術的に信頼性や妥当性が確認されている保育の質評価尺度『保育環境調査スケール』(Early Childhood Environment Rating Scale, 3rd edition, Harms et al., 2015;埋橋訳, 2016)、子どもの発育状況、就学後の学力、保護者の子どもに対するポジティブな感情のどれとも無相関であった。一方、『保育環境調査スケール』は子どもの発育状況、就学後の学力、保護者の子どもに対するポジティブな感情のいずれとも正の相関があることが確認されている。以上のことから、本研究では第三者評価による評価の妥当性を確認することはできなかった。第三者評価事業における評価内容が保育所の目的や機能の観点から明確で妥当なものであり評価方法が信頼できるものであることを学術的、科学的に示すことができれば、評価内容や評価結果に対する信頼が社会的に得られ、第三者評価受審の義務化や受審費用の補助についての議論が整理できる。また、各保育所は第三者評価によって自らが提供する福祉サービス(保育サービス)の質についての検証が可能となり、第三者評価受審の動機につながるだろう。そして第三者評価の結果を踏まえての質の改善は、帰結として保育所の目的や機能の観点からして妥当な方向に進むため、ひいては第三者評価事業の目的の達成につながることが考えられた。

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(注)ECERSスコア:『保育環境評価スケール』による評価スコア
上左右図:利用者調査項目(「保育所での活動は、子どもの心身の発達に役立っているか」「保育所での活動は、子どもが興味や関心を持って行えるようになっているか」)とECERSスコアについてのプロット図。下左右図:共通評価項目(「リスクマネジメント」と「職員と組織の能力向上」)とECERSスコアについてのプロット図。 ECERSスコアは施設間で差異がある一方、共通評価項目及び利用者調査項目には施設間による差異がほとんどないことが分かる。また、ECERSスコアと共通評価項目及び利用者調査項目は無相関であることも分かる。