ノンテクニカルサマリー

新型コロナ禍における日本の選挙ガバナンス:全国市区町村選挙管理委員会事務局調査の結果から

執筆者 河村 和徳(東北大学)
研究プロジェクト 先端技術と民主主義:技術の進展と人間社会の共生を目指して
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

融合領域プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「先端技術と民主主義:技術の進展と人間社会の共生を目指して」プロジェクト

新型コロナウイルス(COVID-19)による世界的なパンデミックは、多くの選挙民主主義国に大きな試練をもたらした。大規模自然災害直後やパンデミック下での選挙では多くの投票弱者が発生し、彼らに対する投票権保障が求められる。そうした世界的な動きの中、投票所での感染拡大防止の徹底や特例郵便等投票の創設といった新型コロナ対応の取り組みも見られたが、日本では「選挙は不要不急のものではない」と位置付けられたこともあり、平時とそれほど大きく変わらない選挙管理が展開されたように見える。ただ、それは印象論にすぎない可能性もある。そこで、本稿では、日本の市区町村選挙管理委員会事務局に対して実施した郵送調査を元に、日本における新型コロナ禍における選挙ガバナンス・選挙管理の実態を確認し分析を行った。

本稿の結果から、各選管は新型コロナ禍における選挙実施にあたり、感染拡大防止の観点から様々な感染防止策を行ったが、どの防止策を採用するかについては濃淡があった。投票所・開票所のレイアウト見直しなどは多くの選管が実施したが、感染者が出たことを想定した代替施設の準備のように実施したところが少数に留まったものもあった。また、感染拡大防止の観点から、主権者教育や選挙啓発は自粛する傾向にあったこともわかった。新型コロナ禍の影響で、不在者投票や郵便投票などに対する有権者からの問い合わせは、コロナ前に比べて増える傾向にあり、新型コロナウイルス感染症患者のために創設された特例郵便等投票については、利便性の低さ等の理由から利用者は少なく、問い合わせをしたものの票を投じなかった者がいたことも確認された。本稿の結果をまとめると、日本では新型コロナ禍であっても、他の選挙民主主義国で見られた大がかりな取り組みがなされたとは言えないことを数値的に明らかにした。

ところで、新型コロナ感染拡大防止策として有効とされたのは非接触環境の整備であり、企業ではテレワーク、教育機関ではオンライン授業といった形で非接触環境づくりの取り組みがなされた。ただ、選挙におけるICTの活用を主張する声は聞かれたものの、選挙管理におけるICT活用が進んでいないのが実態である。本稿では、新型コロナ禍における選挙管理の実態を明らかにするとともに、選挙管理にICTが活用できていない理由についても検討を行った。本稿の結果から、選管事務局職員は選挙におけるICTの活用は吝かではないが(表)、電子投票などICTを活用した取り組みを「技術的な信頼が得られていない中で実施したくない」という思いが存在することが明らかになった。すなわち、ICTを活用することは望んでいても、「選挙にミスはなくては当然」という観点からICT活用に躊躇する選管事務局職員像が日本には存在することが明らかとなった。

表:選挙におけるICT活用に対する選管事務局職員の態度
表:選挙におけるICT活用に対する選管事務局職員の態度
図:選挙管理のデジタル化に対する選管事務局職員の意見
図:選挙管理のデジタル化に対する選管事務局職員の意見

また日本の選挙管理は、政府から形式的に独立していながらも、中央選挙管理委員会は存在しない。また各地方自治体の選挙管理委員会も執行部(首長部局)からの出向者によって賄われ、選挙管理行政の予算も執行部に依存する。この「混合モデル」の選挙管理体制は、平時に選挙管理を粛々と行う上では有効であるが、新しい制度を取り入れたり、危機に機動的に対応したりすることが難しい仕組みである。本稿の調査結果は、国が選挙管理のデジタル化に積極的に関与するよう期待する選管事務局職員が少なくないことを示している(図)。国は行政のデジタル化だけではなく、先端技術をどう民主主義に活かすのか、選挙制度や議会制度といった「民主主義を支える制度のデジタル化」に国はより積極的な姿勢を見せていくべきである。