ノンテクニカルサマリー

スキルの保有と利用の実証分析:ICTスキルと英語スキルに着目して

執筆者 佐野 晋平(神戸大学)/鶴 光太郎(ファカルティフェロー)/久米 功一(東洋大学)/安井 健悟(青山学院大学)
研究プロジェクト AI時代の雇用・教育改革
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「AI時代の雇用・教育改革」プロジェクト

日本においては、賃金の引き上げが政策課題の1つだが、そのためには生産性が高まることで賃金が上昇することが必要である。その一つの方策は労働者のスキル向上である。すなわち、どのような保有するスキルと労働生産性を示す賃金との関連を明らかにすることが必要だ。既存研究では、さまざまな業務を遂行する上で、基礎的であり汎用性の高いと考えられる読解力や数的処理といった認知スキルや非認知能力スキルは賃金と正の関連を持つ場合が多い(安井ほか2020)一方で、業務に直接貢献する可能性のあるICTスキルや言語(外国語)スキルについては、賃金と関連があるとするものもあれば、関連がないとさまざまである。加えて、賃金とスキルの関係を考える場合、単にスキルを保有しているだけでなく、それが職務に十分活用されているかどうか、スキルの利用の観点も重要だ。しかし、日本においては、スキルの保有と利用に着目した研究はKawaguchi and Toriyabe 2022を除き、多くない。

本研究は、国内在住の全国25歳~59歳の男女計6,000人の経済産業研究所(RIETI)の「全世代的な教育・訓練と認知・非認知能力に関するインターネット調査」の個票データを用いて、個人の持つICTスキル保有、仕事でのICTスキル利用の状況と賃金や仕事の特性との関係を実証的に分析した。本研究で用いたデータの利点は、個人属性だけではなく様々なスキルに関する指標を調査している点である。

ICTスキル利用と保有と賃金の関係をみてみよう。ICTスキル保有の設問は「コンピューターやコンピューター化された機器の使用について、あなたのスキルのレベルをお選びください。」であり、ICTスキル利用の設問「コンピューターやコンピューター化された機器の使用について、あなたは仕事でどの程度使っていますか。」であり、「1: 全く使えない」から、「5: 高度なレベル(プログラミングのためのコンピューターの構文の利用など)」までの5段階の回答を指標として用いた。

回帰分析の結果、ICTスキルが中程度以上であれば約30%以上の賃金プレミアムがある。ICTを高度に使う仕事には賃金プレミアムの高まりが観察され、その傾向は勤め先の変数を制御しても観察される。男女ともおおむね同様の傾向だが、女性は中程度と複雑なレベルや高度なスキルレベルのスキル利用に対してもプレミアムの伸びが観察される。ICTスキル保有とICTスキル利用の両方を含めた場合に、男女ともに、ICTを仕事で利用することに賃金プレミアムが観察される。特に、女性にとってはICTスキル利用が重要である可能性が高いが、高度なスキル保有していたとしても、それを活かすような職に就いていない可能性も示唆される。

次に、英語のスキル保有と利用と賃金の関係をみてみよう。英語スキル保有(いわゆる4技能(読解、書取、聞取、会話)に対し、「1.ほとんどできない」から「5非常によくできる」の5段階の主観的な回答を利用した。スキル利用は「あなたは過去1年間に、以下のことで英語を読んだり、聴いたり、話したりしたことが少しでもありますか。当てはまるもの全てお選びください。(いくつでも)」に対して、「仕事」と回答した場合に1をとる指標とした。

回帰分析の結果、主観的な英語スキルと賃金には系統的な関係が観察されない。男性の場合は、読解において「非常によくできる」のみ約60%の賃金プレミアムが観察される。一方で、女性の場合は、会話において「少しはできる」、「よくできる」場合は約20%のプレミアムが観察されるが、職場特性を制御するとそれらの関係は消える。英語を仕事で使う場合は、そうでない場合と比較し約13-21%の賃金プレミアムが計測される。男女も同様の傾向である。英語を利用するプレミアムと英語を利用する仕事に就くことのプレミアムの両方の可能性がある。

スキルと仕事での利用がマッチしている場合に、それが賃金と関連しているかを検討してみよう。レベルごとにスキルの利用と保有の対応関係を把握できるICTスキルのみに注目した分析を行う。図はICTスキル保有とICTスキル利用の水準が一致している場合をMatch、一致しない場合をMismatchとし、それぞれの場合におけるICTレベル別の賃金の関係を示している。図によると、男性においてICTスキル保有とICTスキル利用の水準が一致している場合は賃金が単調に増加するのに対し、ICTスキル保有とICTスキル利用の水準が一致しない場合の賃金はやや平坦である。一方、女性においてはそこまで明瞭な関係は観察されない。

図. ICTスキルの保有と利用マッチの有無別、ICTスキル別平均賃金
図. ICTスキルの保有と利用マッチの有無別、ICTスキル別平均賃金

回帰分析の結果、ICTスキル保有には賃金プレミアムがあるものの、高度なスキルに対しては必ずしもプレミアムは高まらない。一方で、ICTを使う仕事は賃金が高く、高度になるほど賃金が高くなる。英語スキルと比べてもICTスキルには賃金プレミアムがある。個人が持つICTスキル保有とICTスキル利用の水準が一致するのは全体の約78%であり、約16%は保有するスキル対して低い水準でしかICTを仕事で利用していない。中程度や高度なレベルにおいてICTスキル保有とICTスキル利用の水準が一致している場合に賃金プレミアムの高まりが観察される。

本稿の分析結果から、スキルはそれが十分に利用されることが重要であることが示された。より高度なICTスキルを持ちながらそれが十分利用されていない労働者が、そのスキルをより利用されるような仕事に就くことで本人の賃金上昇につながる。とりわけ、その傾向は女性に顕著である可能性がある。さらに、雇用主の企業も本人のスキルを活用することで業績を向上させる可能性がある。そのため、スキルの向上を促す施策だけではなく、保有するスキルがより活用されるように、所属企業における環境整備(ICT関連のインフラ整備、人材評価・配置の見直し)や高度なスキル保有者の労働移動を促進させることが、全体の効率性を高める可能性が示唆される。また、ICTスキルに比べ、英語スキルが過小評価されている可能性があることは、英語スキル獲得へのインセンティブを低下させ、日本の人材のグローバルな労働市場での評価に及びかねないことには留意が必要であろう。

参考文献