ノンテクニカルサマリー

社会活動と骨格筋量との関連

執筆者 田原 康玄(静岡社会健康医学大学院大学 / 京都大学)
研究プロジェクト 文理融合による新しい生命・社会科学構築にむけた実験的試み
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

融合領域プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「文理融合による新しい生命・社会科学構築にむけた実験的試み」プロジェクト

フレイルとは、高齢期において生体の脆弱性が亢進した状態を指す。運動機能の減弱や身体活動度の低下といった身体的なフレイルが着目されがちであるが、独居、閉じこもり、社会活動の低下といった社会的フレイルも高齢期においては重要な要素であり、社会的フレイルが生命予後に悪影響を及ぼすことを示す先行研究も多い。一方、社会的フレイルと身体的フレイルとの関連についてのエビデンスは乏しい。特に、身体的フレイルの中核的な要素であるサルコペニア(骨格筋量、筋力、パフォーマンスの減少)との関連は十分に理解されているとは言い難い。

本研究では、地域在住の65歳以上の高齢者を対象に、社会的フレイルの因子として職業、近所付き合い(ソーシャルキャピタル)に着目し、生体インピーダンス法で客観的に測定した骨格筋量との関連を検討した。その結果、職業を有していること、身体活動性の高い職種に従事していること、近所付き合いの人数が多く、その頻度が高いことは、年齢、性別、体重、アルブミン、ヘモグロビンA1cといった既知の因子とは独立して骨格筋量と正に関連していた。

昭和中期、日本人の死因は脳卒中が突出して多かったが、生活習慣の改善や高血圧対策・治療の水準向上、脳卒中治療の進歩によって日本人の寿命は飛躍的に延伸した。反面、長寿命化によって認知症や要介護、フレイルなど、かつては稀有であった疾患や症状がありふれたものとなり、その対策が急務となっている。改正高年齢者雇用安定法では、65歳から70歳までの労働者の就業機会の確保を推進しており、これは少子高齢化が急速に進展し人口が減少する中で、経済社会の活力を維持するために働く意欲がある高年齢者がその能力を十分に発揮できるよう環境を整えることが目的である。加えて本研究の成果を勘案すれば、就業年齢の延長を進める当該法は、身体的フレイルの予防にも直接的に寄与する施策といえる。反面、70歳で就業機会を失い社会への関与が途絶すれば、65歳の時点で同様の環境に置かれた場合と比して新しい環境に馴染みにくくなることが容易に想像される。70歳まで就業機会を確保することが、70歳以降の社会的フレイルの助長因子とならないように、65歳以降、社会との関わり方を徐々に変えられるような制度設計が必要となるであろう。本研究において、近所付き合いなどのソーシャルキャピタルの充実が骨格筋量と正相関していたことは、地域において就業以外で活躍する環境を構築することが、その一助となることを示唆している。