ノンテクニカルサマリー

日本における2015年度研究開発税制の制度変更の効果分析:オープンイノベーション型の拡充と繰越控除制度の廃止の影響

執筆者 池内 健太(上席研究員(政策エコノミスト))
研究プロジェクト 総合的EBPM研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策評価プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「総合的EBPM研究」プロジェクト

日本の研究開発税制において、いくつかの制度変更が行われてきたが、近年では2015年度に比較的大きな制度変更があった。「特別試験研究費税額控除制度(オープンイノベーション型:以下、OI型)」の拡充と総額型の控除上限の引き下げ、繰越税額控除制度の廃止の3つの制度変更が同時に行われた。OI型の拡充は外部との共同研究や委託研究にかかる費用について税額控除率が大幅に引き上げることにより、企業間や産学官の共同研究や委託研究を増加させ、オープンイノベーションを促進しようとする制度変更である。そのため、研究開発投資全体に対する効果ではなく、研究開発投資の内容・質を変えることを意図した制度変更である。一方、総額型の控除上限の引き下げと繰越税額控除制度の廃止は研究開発投資のインセンティブを減少させる効果が想定されるため、2015年度の制度変更が研究開発投資に与える効果としてはプラスとマイナスの両面を含んでいる。そこで本研究では、2015年度の日本の研究開発税制における制度変更が研究開発投資の量と質に与えた効果について実証的に分析することを目的とする。

分析に用いるデータは「経済産業省企業活動基本調査」の調査票情報に基づく1996年度から2017年度までの企業レベルのパネルデータである。本研究では、先行研究に従って、2期前のR&D投資額で評価した当期及び1期前のR&D税額控除率の差分の操作変数として用いる。2年前のR&Dは制度変更によるR&Dの変化の影響を一切受けないため、この操作変数は制度変更の純粋な外生的な効果をあらわしていると考えられる。本研究の分析結果によれば、繰越税額控除率が1%上昇するとR&D総額は0.883%増加し、OI型税額控除率が1%上昇すると外部支出R&Dが1.673%増加することを示しており、これらの効果はいずれも統計的に有意であった。

さらに、本研究ではこれらの分析結果に基づいて、2015年度の制度変更が仮になかった状況を再現することで反実仮想シミュレーションを行い、2015年度の制度変更の影響を試算する。表1は2015年度に廃止された繰越税額控除の効果を試算した結果であり、表2は2015年度のOI型の拡充の外部支出R&Dに対する影響に関する反実仮想シミュレーションの結果を示している。2015年度における繰越税額控除制度の廃止とOI型の拡充がR&D総額及び外部支出R&Dに与えた影響を試算し、さらにはR&Dの変化を通じて労働生産性上昇率に与えた効果についても試算している。また、OI型は大学との共同研究を促進する効果を持つことが期待されるため、労働生産性上昇率に加えて、産学共同出願特許件数への影響についても試算している。

表1:反実仮想シミュレーションによる2015年度の繰越税額控除制度廃止の効果の試算
表1:反実仮想シミュレーションによる2015年度の繰越税額控除制度廃止の効果の試算
表2:反実仮想シミュレーションによる2015年度のOI型拡充の効果の試算
表2:反実仮想シミュレーションによる2015年度のOI型拡充の効果の試算

これらの反実仮想シミュレーションの結果、2015年度の繰越税額控除制度の廃止とOI型の拡充はそれぞれR&D投資総額の減少及び外部支出R&D投資の増加に寄与していたと考えられる。税収の変動との関係については、繰越税額控除制度の廃止による税収の増加はR&D投資額の減少分とほぼ等しく、OI型の拡充による税収の減少は外部R&D投資額の増加分よりも小さかった。また、労働生産性上昇率に与える効果は繰越税額控除制度の廃止のマイナスの効果とOI型の拡充によるプラスの効果がほぼ相殺し合い、全体では大きな影響がなかったとみられる。加えて、本研究の試算によれば2015年度のOI型の拡充には産学共同出願特許の件数を増加させる効果がみられた。このことから、2015年度のR&D税制における制度変更は産学の共同研究などのオープンイノベーションを促進し、生産性を押し上げる効果があったが、同時に繰越税額控除制度の廃止によってR&D投資を減少させることでOI型の拡充による生産性の押し上げ効果が相殺されたと考えられる。