ノンテクニカルサマリー

ビジネス・グループ編入による企業育成:買収と技術取引

執筆者 金 榮愨(専修大学)/長岡 貞男(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト アントレプレヌール・エコシステムの形成
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「アントレプレヌール・エコシステムの形成」プロジェクト

新規設立企業の成長の重要な機会として、新規上場(Initial Public Offering, IPO)と買収がある。「日本取引所グループ」のデータによれば、日本で2007~2021年でIPOされた企業は年平均53件で、1件当たりの平均調達額は約24億円であった。それに対し、Recof社のM&Aデータによれば、同時期(2007~2021年)に独立企業が合併や買収されたケースは、合併が年平均32件で合併1件当たりM&A金額が平均約184億円、買収が年平均672件で買収1件平均の買収額が約77億円であった。買収による新設企業の成長可能性がうかがえる。

本研究は、ビジネス・グループに編入される買収が技術取引を促す効果に注目する。このような買収では、被買収企業は完全子会社あるいは部分所有企業として法人格を維持し、経営の自主性を確保する。同時に、ビジネス・グループへの編入に、こうした企業へのリスク資金の提供に加えて、こうした企業との技術取引を促す効果があれば、ビジネス・グループの重要な企業成長加速効果が確認できる。こうした重要性にもかかわらず、こうしたメカニズムの研究は従来ほとんど行われていない。広範にわたるデータ構築努力が必要であることがひとつの原因である。

図はビューロー・ヴァン・ダイク(Bureau van Dijk, BvD)社のOrbis IPデータと経済産業省企業活動基本調査をマッチングして、日本企業がかかわった特許権取引のタイプ別件数の推移を示しているものである。グループ内企業間の技術取引のシェアは高く、またグループ編入に伴う特許権の移転もあることを考慮すると、ビジネス・グループの重要性がうかがえる。

図 タイプ別特許取引件数
図 タイプ別特許取引件数
出典:Orbis IPデータより著者作成

本研究では、法人格を有する子会社を設立するビジネス・グループのデータ、買収によるその形成過程のデータ、そして特許権の移転のデータを、経済産業省企業活動基本調査とOrbis IPデータのマッチングデータによって分析する。

分析の結果、以下の知見を得た。第一に、ビジネス・グループによって買収されたが法人格を維持した企業(完全子会社及び部分所有企業)による特許権の取引は、買収に直結した取引を除いても活発になり、ビジネス・グループに属さない企業との取引との合計でも増加することが分かった。但し、技術取引の増加は主に完全子会社の場合に限られる。ビジネス・グループが情報の非対称性や契約の不完備による特許権取引への制約を緩和する効果があるが、少数株主の存在がそれを困難にする可能性も示唆される。

第二に、子会社が法人格を維持する場合(特許権の保有を続けることが可能)に、買収契約の一環として子会社と親会社(グループ)との間で特許権が移転される。特許権の所在組織を最適化するために、移転が活用されていることを示唆する。このような移転は部分所有会社についても重要である。

第三に、子会社化によるインセンティブの低下があると考えられるが、グループ内からの特許権の獲得は、子会社の自己資本レベルの変化(買収によって拡大する)をコントロールしても、子会社の売上や研究開発の拡大に伴われている。

第四に、買収に伴う技術取引を含めるとグループ内取引は、技術取引全体の大きな部分を占め、企業グループは技術取引の主要な源泉となっている。 このように、特許権の移転はビジネス・グループの機能に重要な役割を果たしており、その結果、子会社へのガバナンスの多様性、特許権の活用、研究開発の促進にも貢献していると考えられる。子会社のガバナンスの多様性の拡大、特許権の活用機会の拡大、研究開発の促進はそれぞれ大きな正の外部性を伴う活動であり、特許権の移転への障害をできるだけ減らしていくことが重要である。現在特許権の移転には、比較的高い登録免許税が課されており(1件当たり15,000円)、その妥当性の検証も重要な課題だと考えられる。