ノンテクニカルサマリー

データ共有政策が生み出す物品貿易の競争歪曲に関する規律:―WTO補助金協定との関係に着目して―

執筆者 渡辺 翔太(野村総合研究所)
研究プロジェクト 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第V期)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第V期)」プロジェクト

経済のデジタル化に伴い、データ活用が製品・サービスの競争力に与える影響が高まる。これを背景として、新興国を中心に政府が収集・蓄積したデータを特定企業に無償または市場より安価に提供する事例が増加しているが、政府によるデータ共有政策に基づいて競争力が強化された製品やサービスが国内市場又は第三国市場で外国産品と競合する場合、当該市場は公正な競争環境とは言い難い。

上記の競争歪曲について、世界貿易機関(WTO)の補助金協定に着目し、物品貿易に範囲を限定し、同協定が上記事例にどの程度規律を及ぼせるか、その実効性と限界を検討した。補助金協定の分析の前提として、中国、インドなどの事例から下記の仮想事例を設定した。

本稿で補助金協定の規律を検討した仮想事例
本稿で補助金協定の規律を検討した仮想事例

仮想事例に関してWTO補助金協定との整合性を分析した結果、データの無償又は市場より安価な対価での提供は補助金協定にいう役務提供に該当し、特定性と資金面の貢献があれば補助金に該当すること、企業は政府から提供されるデータのほか自社が保有するデータなど多様なデータを統合して製品を開発しているため、データ提供と悪影響の因果関係の分析が困難となる可能性が高いことを明らかにした。また、因果関係の分析においては、補助金による競争力の効果が持続する期間はデータ活用における技術の進歩の速さと当初構築した競争優位がデータの収集・分析・活用による競争力強化につながる(間接)ネットワーク効果によって持続され続けるため、半永久的に持続される可能性があり双方の要素を考慮する必要があること、といったデジタル経済特有の論点を明らかにした。

以上の分析結果をもとに次の政策的示唆を得た。すなわち、データ共有は実際にはサービスの高度化により寄与するため物品貿易よりサービス貿易に影響を与えるが、サービス補助金への規律を欠く現行WTO協定では十分な規律が及ぼせないことが明らかとなった。したがって、上記のような近時の新興国のデータ共有政策が引き起こしうる市場歪曲を規律するには、サービス貿易への補助金規律を導入すべきであること、また、近時の自由貿易協定/経済連携協定(FTA/EPA)で規定されるデジタル貿易に関するオープンデータ条項においてもデータ共有の在り方に関する規律を設ける可能性があること、我が国が進めるオープンデータ政策についても上記の競争歪曲に対する考慮が必要であること、等を指摘した。