ノンテクニカルサマリー

ライバルに対する評価バイアス―360度評価結果を用いた検証

執筆者 髙橋 拓也(早稲田大学)
研究プロジェクト 人事施策の生産性効果と経営の質
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「人事施策の生産性効果と経営の質」プロジェクト

昨今日本企業はグローバル企業と比べて、経営人材の育成が遅れている。こうした問題を解決する手段として、360度評価の実施が考えられる。360度評価実施の目的の一つには、リーダーの育成が挙がる。上司・同僚・部下の評価を通じて、マネジメント力を客観的に当人が把握し、能力の改善に努めることを可能にする。またもう一つの目的として、優秀な人材の抜擢が挙がる。直属の上司以外に、同僚・部下の情報をもとに、優秀な人材が誰であるか明らかにする。しかし、2つの目的を両立することは難しく、トレードオフが存在する。すなわち、360度評価は直属の上司以外からの有用な情報を含み、事後的に管理職選抜や候補者プールの特定に使えるが、事前的に評価者が正直な評価を行わない可能性がある。

当該企業では、評価者が正直な評価を行うことを促すために、360度評価で得られた評価は処遇の決定に用いず、従業員の気づきを通じた能力向上につなげることを目的に実施する旨を事前に周知している。しかし、企業のこうした工夫を以ってしても、直属の上司は部下の360度評価の結果に基づき指導を行うので、360度評価の結果は処遇に間接的な影響を与えることが予想される。例えば、360度評価で指摘された改善点に向けて本人の努力が見られなければ、昇進・昇格などの処遇に間接的に影響を与えるだろう。そして部下もこのことを理解しているため、他の従業員、特にライバルを評価する際には評価を操作する可能性があり得る。

本稿では、製造業企業1社より提供された360度評価のデータを用いて、評価者はライバルに対して、正直な評価よりも低い評価を与えるという仮説を実証した。上記の仮説を検証するために、ライバルはどのような特徴を持つのか、正直な評価をどのように定義できるかを明らかにしなければいけない。ライバルとは、同じ役職内の昇進確率の近い相手、あるいは、同じ属性(性別、学歴、所属部署、年齢)を持つ相手と想定する。正直な評価は、上司・部下の評価の情報を用いて同僚評価期待値を算出し、評価のバイアスは、実際の同僚評価スコアと同僚評価期待値の乖離で測る。

分析では、ライバルを評価する際は、負の方向に評価バイアスが増加することを示した。(a)被評価者と評価者の昇進確率の差の絶対値が小さい場合、評価者は上司・部下の評価から予想される同僚評価期待値と比べて低い評価を与える。(b)被評価者と同じ部署にいる評価者は、同僚評価期待値と比べて低い評価を与える。図1は、評価バイアスと、被評価者と評価者の昇進確率の差の関係を示した図である。被評価者と評価者の昇進確率の値が近い場合、被評価者は負の評価バイアスを受けることが確認できる。

本研究の政策的インプリケーションをまとめる。当該企業では、360度評価の結果を通じた従業員の育成を目的に、従業員から正直な評価を促すため報酬や昇進など処遇の決定に結果を使わないことを明記していた。しかし、同僚でライバル関係にある相手を評価する際には、負の評価バイアスが生じうる。また、被評価者と同じ社会グループに所属する評価者は、被評価者に対して多くの情報を有する一方で、評価には下方バイアスがかかり情報の精度が落ちるというトレードオフが働く。360度評価を人事施策や研究に利用する際には、評価を処遇の決定には用いないという方針にコミットし、バイアスを補正する更なる工夫が必要となる。例えば、直属の上司は360度評価の結果を見ることができないようにする、同じ部署で年次が近い人を評価者に選定しない、あるいは処遇決定の参考情報や分析に使う場合はライバル評価者の情報は使わないようにするといった工夫が考えられる。

図1 評価バイアスと昇進確率の差の関係
図1 評価バイアスと昇進確率の差の関係
(備考)
1. 縦軸は評価バイアス、横軸は被評価者の昇進確率から評価者の昇進確率を引いた値である。
2. 昇進確率の差が-0.2以上0.2以下の範囲で、図に示している。
3. 2012年から2015年までの製造業企業1社内で被評価者・評価者の役職が課長のデータを用いた。
4. 被説明変数に評価バイアス、説明変数に昇進確率の差とコントロール変数をとりOLS回帰を行った。
コントロール変数には平均値をおき、評価バイアスと昇進確率の差の関係を推計値に基づき示した。