ノンテクニカルサマリー

WTO上級委員の選任拒否に係る上級委員会の貿易救済措置判断に対する米国の批判の正当性

執筆者 梅島 修(高崎経済大学)
研究プロジェクト 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第V期)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第V期)」プロジェクト

本DPは、米国がWTO上級委員の選任を拒否して上級委員会の機能を麻痺させた理由を述べたUSTR報告書のうち、その主要部分を占める貿易救済措置(相殺関税、反ダンピング(AD)関税、セーフガード(SG)措置)に係る上級委員会判断について、米国の主張の是非を分析評価したものである。その概要は序論及び最終章の総括を、さらに詳細は各項目をご覧いただきたい。

では、米国が批判する項目についてどのように対処することが可能であろうか。米国が指摘したWTO協定の貿易救済規定の問題点、その解決法、さらに解決法を実施するフォーラム(WTO協定改正、WTO委員会における対応、WTO外の有志国による実施)についての私案を以下にまとめてみた。

米国が問題とする上級委員会の判断事項、解決策と対応フォーラム
問題点 解決策 WTO協定の改正 WTO委員会対応 有志国による実施
補助金:
公的機関の定義
公的機関の定義文言を置く。 交付国の反対が見込まれる。 同左 有志国で合意した定義を相殺関税調査で実施する。
補助金:
国外価格ベンチマーク適用基準
ベンチマークの基礎となる取引及び「市場」の定義、基準を作成。 国家資本主義と自由市場資本主義との間での合意は困難であろう。 補助金委員会で実務者協議を試みる。しかし、合意は困難であろう。 有志国で合意した定義を相殺関税調査で実施する。
相殺関税とAD関税の同時賦課 二重救済のケーススタディ・対応例を作成。 協定条項化には馴染まないのではないか。 AD・補助金委員会で対応モデルを詰める。 有志国で対応例に合意し、AD・相殺関税調査で実施。
AD関税:
ゼロイング禁止
ターゲットダンピングでの適用基準を明確化。 当該適用基準を条文化する。 AD委員会など実務者間で条文案を協議。 WTOレベルでの合意が望ましい。
SG措置:「事情の予見されなかった発展の結果」 この要件の必要性を検討。 この要件の撤廃合意を含め、検討。 同左。 WTOレベルでの合意が望ましい。
AD/相殺/SG措置:その他の要因による損害の分離峻別 分離峻別のケーススタディ作成。 協定条項化には馴染まないのではないか。 AD・補助金・SG委員会合同で、基準作成。 WTOレベルでの検討、合意が望ましい。

1.相殺関税:補助金を交付する「公的機関」の範囲
本件の問題はSCM協定に公的機関の定義がないことにある。現在、日米欧で定義文言の作成作業が進んでいるものと理解している。その作成した定義をSCM協定に規定することが最も望ましいが、中国の反対が想定される。したがって、まずは、有志国間でかかる定義に合意して相殺関税調査手続に採用し、デファクトスタンダードを作り上げるべきではないかと考える。かかる有志国の合意の場として、FTAを利用することも考えられよう。

2.相殺関税:補助金額を計量するためのベンチマークとして交付国外価格の適用
上級委員会の判断の問題点は、政府関係価格がベンチマーク候補となるとしたこと、ベンチマークを認定できる「市場」の基準を検討していないことにある。まず、有志国間で、政府関係価格はベンチマーク候補とならないこと、ベンチマークを認定すべき「市場」の規準についての合意文言を策定すべきである。かかる合意をSCM協定に規定することが望ましいが、加盟国の経済制度の違いから、それらに合意することは容易ではないと思われる。したがって、「公的機関」の定義と同様に、まずは、FTAを含め有志国で当該規準に合意して相殺関税調査に採用し、デファクトスタンダードを作り上げるべきではないかと考える。

3.相殺関税と非市場経済方式によるAD関税の併課
米国も同一事象について二重救済を容認すべきとするものではないであろう。よって、現行協定に追加規定が必要とは思われない。二重救済となる事例とその回避方法を調査当局間で作成、合意することが有効ではないか。

4.AD関税:ゼロイングの禁止
各国間で「ゼロイング」を容認できるのはターゲットダンピング(AD協定第2.4.2条第2文)であろう。他方、ゼロイングの是非は米国と他のWTO加盟国の対立という構図にある。その点を踏まえ、WTOの場において、米国を含めた少数国間においてターゲットダンピングにおけるゼロイング実務について協議し、WTO協定としてルール化することを目指すことが望ましいと思われる。

5.セーフガード措置:発動要件としての「事情の予見されなかった発展の結果」の認定
WTO加盟国間で、「事情の予見されなかった発展の結果」との要件を廃止することも視野に入れて、協議することが望ましいのではないか。

6.セーフガード措置:損害認定におけるその他の要因による損害の分離峻別
その他の要因による損害の分離峻別は、AD調査、相殺関税調査、SG調査に共通した問題である。かかる分離峻別が容易ではないことは各国調査当局の共通した認識であろう。よって、調査当局間でその他の要因による損害の不帰責を立証する方法のケーススタディなどを行って共通認識を得て、AD・補助金・SG委員会の勧告として合意することが良いのではないか。