ノンテクニカルサマリー

回帰不連続デザインによる風しん予防対策の効果検証―抗体検査・ワクチン接種の無料クーポン券の自動送付―

執筆者 加藤 大貴(大阪大学)/佐々木 周作(東北学院大学)/大竹 文雄(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 日本におけるエビデンスに基づく政策形成の実装
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策評価プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「日本におけるエビデンスに基づく政策形成の実装」プロジェクト

1. 背景と目的

厚生労働省は2019年4月から2022年3月にかけて、風しんの抗体検査とワクチン接種を無料で受けられるクーポン券を発行した。対象は2019年4月時点で40〜57歳の男性であり、この年齢層の男性は他の世代よりも風しんの抗体保有率が低い。クーポン券施策によって、厚生労働省は非抗体保有者に対するワクチン接種を促進することで、この世代の男性の抗体保有率を90%以上にすることを目標とした。40〜57歳の男性の風しん抗体保有率が90%以上になれば、日本は風しんの集団免疫を獲得できる(Nishiura et al., 2015)。2019年度の施策は、40〜47歳の男性に居住自治体から無料クーポン券を自動的に送付された。その一方で、47〜57歳の男性には、2020年度以降に自動送付される計画となっており、この年齢層の男性が2019年度中に無料クーポン券を入手するには自ら申し込む必要があった。本研究の目的は、この制度の特徴を利用して無料クーポン券を自動的に送付する効果を推定することである。

2. 研究の概要

本研究では、日本全国に居住する40〜57歳の男性を対象に、2020年2月と3月にオンライン調査を実施した。この調査には、クーポン券が自動的に送付されたかどうかを識別するための年齢の情報や抗体検査の受検とワクチン接種に関する自己申告の情報を含んでいる。また、オンライン調査の回答データを用いることで、無料クーポン券の自動送付の効果に関するメカニズムまで検討できる。我々はこの回答データと回帰不連続デザインと呼ばれる識別戦力を用いて、クーポン券の自動送付の効果とそのメカニズムを検証した。

主な結果は以下のようにまとめられる
(1). 無料クーポン券の自動送付は抗体検査の受検率を約16%ポイント高めるとともに、ワクチン接種率を約5%ポイント高めた。
(2). 無料クーポン券の自動送付は、クーポン券を使った厚生労働省の風しん予防対策の認知度を高めた一方で、風しん自体の知識への影響は観察されなかった。

図 回帰不連続デザイン

3. 政策的含意

●抗体検査やワクチン接種が無料で受けられることを単純に広報するよりも、クーポン券の送付を通じて情報提供する方が行動を促進できる
クーポン券を送付することのメリットは①クーポン券施策の認知度を高められる、②無料で受けるためのクーポン券の取得のためのコストを下げられることにある(後者は我々の実証分析で明らかに出来ていない)。本研究は抗体検査やワクチン接種に対するクーポン券の効果検証を行ったが、この結果は他の施策に応用できる。ある施策に対する認知度がもともと低いとき、クーポン券の送付は第一のメリットを通じて行動を促せるだろう。また、施策に対する認知度が十分に高い場合でも、クーポン券の送付は第二のメリットを通じて行動を促せるはずである。

●クーポン券の送付と同時に、風しんの抗体を持つことの価値を高めるような広報をするべき
抗体検査・ワクチン接種に対する無料クーポン券はクーポン券施策の認知度を高めた一方で、風しん自体の知識に影響を与えていない。すなわち、クーポン券を送付するだけでは、抗体検査受検・ワクチン接種の価値に影響を与えない。したがって、クーポン券を送付するときに、こうした行動の価値を高めるようなメッセージを含めて広報をすることで、行動変容を大きく促せるだろう。風しん抗体検査受検・ワクチン接種に関するメッセージ研究は加藤・佐々木・大竹(2022)を参照せよ。

参考文献
  • Nishiura, H., Kinoshita, R., Miyamatsu, Y., Mizumoto, K., 2015. Investigating the immunizing effect of the rubella epidemic in Japan, 2012-14. International Journal of Infectious Diseases 38, 16–18. doi:10.1016/j.ijid.2015.07.006
  • 加藤大貴, 佐々木周作, 大竹文雄, 2022. 風しんの抗体検査とワクチン接種を促進するためのナッジ・メッセージの探求.