ノンテクニカルサマリー

R-JIPデータベース2021の推計方法と分析結果

執筆者 徳井 丞次(ファカルティフェロー)/牧野 達治(一橋大学経済研究所)
研究プロジェクト 地域別・産業別データベースの拡充と分析-地域間の分業と生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「地域別・産業別データベースの拡充と分析-地域間の分業と生産性」プロジェクト

労働投入や資本投入を厳密に測って都道府県間の生産性格差を分析する都道府県別生産性(R-JIP)データベース2012年に公表してからデータの更新を行ってきたが、その4回目となるR-JIPデータベース2021は、大幅な改定作業となった。その理由は、産出(付加価値)推計の基本情報として利用してきた「県民経済計算」が、平成23年基準に改定されて2008SNA対応となり、「R&Dの資本化」に対応して付加価値概念、資本概念の変更が行われたからである。このことは、付加価値の定義に加えて、資本投入の定義にも影響を与える。その一方で、新基準での「県民経済計算」の遡及推計は2006年以降しか公表されておらず、生産性格差の変化という長期の現象を捉えることを狙ったR-JIPデータベースの目的には、利用可能なデータ期間が短すぎる。

そこで、R-JIPデータベース2021の推計期間は、さらに10年遡らせて1994年からとし、「県民経済計算」の遡及データが利用できない期間は、旧県民経済計算データの産業分類の組み換えから出発して、新基準に対応するデータの修正は「県民経済計算推計方法ガイドライン」を参考にしながら「国勢調査」の情報などを利用し独自に遡及推計を行うことにした。ここでは、そうして作成されたデータのなかから興味深い図を1つ紹介する。

この図は、2018年の研究開発ストック集約度を都道府県比較したものである。都道府県の経済規模の違いをコントロールして比較するために、都道府県ごとに推計した研究開発ストックをマンアワー(人数×時間)で測った都道府県ごとの労働投入で割って示している。都道府県別の研究開発ストックの作り方は、「国民経済計算」の研究開発ストックの全国値を、「国勢調査」から得られる都道府県別の科学研究者・技術者の就業者数で按分して求めている。この推計方法は「県民経済計算推計方法ガイドライン」に沿ったもので、都道府県のクロスセクションで比較する場合にはそれぞれの地域で働いている科学研究者・技術者の数を比較していることと同等であり、地域の研究開発力を表しているといっても良いだろう。

この図を見ると、研究開発ストック集約度には上位地域と下位地域とで2倍を上回る格差があり、地域間格差を鮮明に示している。さらに重要なことは、この研究開発ストック集約度格差と労働生産性、そして全要素生産性(TFP)水準格差の相関を見ると、いずれも明瞭な正の相関が確認されることである。かつて1970年代には、地域間の労働生産性格差を物的資本で測った資本装備率の差が大きな説明力を持っていたが、そうした物的資本の装備率の説明力はその後徐々になくなり、全要素生産性(TFP)水準格差が現在の労働生産性地域間格差を説明する最重要因子であることが知られるようになった。もちろん地域の全要素生産性(TFP)水準格差を生み出す要因には様々なことが考えられるが、その重要な1つが研究開発ストック集約度で表される地域の研究開発力の差であったのだ。

ここに掲載した図は、R-JIPデータベース2021の最新年ものだが、このデータベースを使えば1994年からの変化を見ることもできる。この四半世紀で、研究開発ストック集約度の地域間格差は拡大している。トップの東京を基準にして測ったとき、1995年では全国全ての都道府県が最大50パーセント以内の格差に収まっていた。ところが、2018年になると対東京で格差50パーセント以内に収まっているのは14地域に留まり、残りの32地域はそれ以上の開きになっている。それに加えて、研究開発ストック集約度でみた東京の飛びぬけた優位性は近年際立つようになり、1995年には対東京格差20パーセント以内に複数の地域が位置していたものが、2018年には無くなってしまった。

その背景には日本の産業構造の変化があるといえる。研究開発の主要な場が製造業であった1990年代前半にも、研究開発活動の地域間の偏りは大きかった。こうした製造業の研究開発活動の地域差の大きな傾向に変化はないが、21世紀に入って情報通信(ICT)産業をはじめとする新たな研究開発分野が拡大し、そのことが国内の研究開発活動の地域間偏在に一層の拍車をかけている。地方経済の活性化が課題として言及されるようになって久しいが、産業構造の変化を踏まえつつ、地域の研究開発力により一層の注目がなされることが必要ではないだろうか。

図 都道府県の労働投入(マンアワー)当たり研究開発ストック(東京=1に基準化)2018年
図 都道府県の労働投入(マンアワー)当たり研究開発ストック(東京=1に基準化)2018年
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