ノンテクニカルサマリー

米国の貿易不均衡、東アジア為替レート、新プラザ合意

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「East Asian Production Networks, Trade, Exchange Rates, and Global Imbalances」プロジェクト

米連邦準備制度理事会(FRB)は、インフレ対策として2022年1月から12月にかけて政策金利を425ベーシスポイント引き上げた。また、米国は2022年度、GDP比6.1%の財政赤字を計上した。2020年度と2021年度には平均でGDP比13.7%の財政赤字を計上している。国際決済銀行のドル実質実効為替レートは、2021年1月から2022年10月の間に18%上昇し、1985年以来の最高値となった。

1985年、先進5カ国(フランス、西ドイツ、日本、米国、英国)は、プラザ合意により対ドル実質実効為替レートを引き下げた。当時、反インフレ金融政策と米国のGDP比5%の財政赤字が折り重なり、世界の実質金利が高騰していた。西ドイツのヘルムート・シュミット首相は、1980年代の実質金利が、キリストの時代以来最高水準となったと述べた。米国の実質金利が貿易相手国のものより高いことにより、ドルの実質実効為替レートが1980年から1985年の間に40%上昇した。米国の輸出産業および輸入競争産業の企業は、価格競争力を失った。1985年、米国は、GDP比3%に達する貿易赤字と経常収支赤字を計上した。

米国の鉄鋼、繊維、農業、自動車、資本財の各部門が打撃を受けた。米国の製造業が直面した惨状は、連邦議会を突き動かした。1985年、連邦議会の議員によって、明白に保護主義的な貿易法案が99本、保護主義的である可能性のある貿易法案が77本提出された。

貿易保護主義の圧力を回避すべく、先進5カ国は1985年プラザ合意において、貿易不均衡におけるマクロ経済的な決定要因に焦点を当てた。経常収支は、国民貯蓄(民間貯蓄から財政赤字を差し引いたもの)と投資の差額に等しい。米国は財政赤字を減らして国民貯蓄を増やし、日本とドイツは景気刺激策を実施して国民貯蓄を減らした。5カ国すべてがドルの価値を下げるために協調し、貿易保護主義の圧力に対抗することに合意した。ドルの実質実効為替レートは順調に下落した。

図1は、米国の経常収支赤字が改善し、1991年に黒字に転じたことを示している。しかし、この図は、それ以来経常収支赤字が継続しており、2000年から2022年における平均はGDPの3.4%であったことも示している。2022年の第1・2四半期、赤字幅は平均でGDPの4.3%であった。経常収支赤字の変化の多くは、貿易赤字の変化が招いたものである。こうした赤字は、大量の富の国外流出を引き起こすことから、米国経済に害を及ぼす。米国の経常収支赤字は、米国内において貿易保護主義の圧力を高める要因となることから、アジア諸国にも悪影響を及ぼす。このことは、プラザ合意の時代に顕著であった。

本稿の結果は、米国の輸出入の価格弾力性は、ドル安が米国の貿易収支を是正する上で十分な大きさであることを示している。そのため、ドル安となった場合、米国は恩恵を受けることができる。貿易収支をさらに改善するために、米国は財政赤字を削減する必要がある。

2022年にアジア諸国の経済で発生している通貨の過度な実質減価は、有害となり得る。東アジア諸国には天然資源が少なく、石油、商品、食料を輸入に依存している。通常、輸入品の価格設定は米ドルで行われる。アジアの各通貨がドルに対して名目ベースで下落すると、これらの輸入品の現地通貨建てコストが増加する。石油、商品、食料の米ドル建てコストは、ウクライナ戦争の影響ですでに上昇している。日本と韓国は、2022年の1月から9月の間に多額の貿易赤字を計上している。名目ベースの通貨安が続いた場合、通貨安により輸入品の自国通貨建てコストが増加して貿易赤字を招き、それがまた通貨安を招くという悪循環に陥る危険がある。通貨安は、インフレがすでに高まっている中、アジアにおいてコストプッシュインフレも招いている。

日本は、2022年10月の円安は有害であると判断し、6兆3,500億円を投入して円高を進めた。しかし、これらの介入による円高効果はほとんどなかった。この場合、米国との協調介入が行われていれば、日本が円高というその目標を達成する上で助けとなった可能性がある。同時に、韓国と台湾もそれぞれの通貨安を懸念していた。したがって、アジア諸国は、自国の通貨が高くなることを望んでいる可能性がある。東アジアの各通貨が高まり、ドル安となる可能性もある。そうならなかった場合、またはそうなった後に米ドルがアジアの各通貨に対して再び著しく高い水準に戻った場合、各国は、協調為替介入が自国の利益となり得るかどうかを検討する必要がある。

図1 米国の経常収支赤字の対GDP比
図1 米国の経常収支赤字の対GDP比
出典:セントルイス連邦準備銀行FREDデータベースおよび著者による計算。