ノンテクニカルサマリー

環境教育の効果を高めるナッジ:フィールド実験による新しいエビデンス

執筆者 伊芸 研吾(慶應義塾大学)/黒川 博文(兵庫県立大学)/井関 将人(元ゼロ・ウェイスト・ジャパン)/木附 晃実(九州大学)/栗田 健一(九州大学)/馬奈木 俊介(ファカルティフェロー)/中室 牧子(ファカルティフェロー)/坂野 晶(ゼロ・ウェイスト・ジャパン)
研究プロジェクト 人的資本(教育・健康)への投資と生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「人的資本(教育・健康)への投資と生産性」プロジェクト

共有地の悲劇(Hardin 1968)は地球温暖化や気候変動のような環境問題に関連付けて議論される。お互いが協力しておけば社会にとって望ましい結果が得られるが、各々が自己利益を追求するため、社会全体にとって望ましくない結果が導かれてしまうというものである。協力行動の重要性を理解するためには、共有地の悲劇の考え方は有益である。しかし、現実には、資源が減ったり、地球の温暖化が進んでいることは、徐々に進行するため気づきにくい。共有地の悲劇の状況を経験することは、協力行動を促す可能性がある。さまざまな経験によって協力のような社会的選好は変化することが知られているからだ。そこで、本研究では共有地の悲劇の状況を環境教育の中に組み込むことで、向環境行動が促進されるかどうかを検証する。

本研究で開発した環境教育プログラムは「CO2削減GAME」である。Kurokawa et al. (2023)で使用した「ごみゼロゲーム」と同様に、一般社団法人ゼロ・ウェイスト・ジャパンと共同で、節電や節水などの省エネ行動を促進するための学習教材を開発した。「CO2削減GAME」は、ゲーミフィケーションを活用したボードゲームで、日常生活を送る中で可能な省エネ行動を予算にも気にかけながら考えていくという体験型学習教材である。参加者には一定額の予算が与えられ、省エネモードの設定のような費用は掛からないがエネルギー削減効果は小さい行動と、省エネ家電への切り替えのような費用は掛かるがエネルギー削減効果は大きい行動をバランスよく行いながら、家庭内でのCO2排出削減を手持ちのお金を気にしながら学んでいく。

このような環境教育の成果を測るランダム化比較試験を首都圏を中心とした14校43クラス1,261名の小学校5,6年生、中学校1,2,3年生の5学年を対象に行った。「CO2削減GAME」のルールに「共有地の悲劇」が組み込まれたゲームを実施するクラスと、組み込まれないゲームを実施するクラスをランダムに分け、ブースト(boost: ぐっと後押しする)の効果を検証した。ブーストを組み込む場合、CO2の削減量がある一定数よりも少なかったグループには、手持ちのお金が全額没収される。環境破壊による不利益が全員に平等に被るという環境問題のジレンマを理解し、協力行動の重要性を理解してもらうことが、共有地の悲劇を組み込んだ意図である。また、授業中に実施する作業を通じて、省エネ行動への目標設定を行う群と行わない群をランダムにわけ、ナッジ(nudge: そっと後押しする)の効果の検証も行った。

分析の結果、共有地の悲劇の状況を経験した生徒は、より環境に配慮する行動をとり、より高い目標設定を行うことが分かった。1か月後に行った追跡調査の結果から、共有地の悲劇条件を経験し、より高い目標設定を行った生徒ほど、省エネ意識が高く、家庭内での水道使用量の削減が確認できた。さらに、3か月後に行った調査でもこれらの効果が持続していたことが確認できた。単に目標設定を行うだけであったり、共有地の悲劇の状況を経験するだけでは向環境態度を高めたり向環境行動を促すには不十分であった。共有地の悲劇の状況を経験し、より高い目標を設定したことで、その後の向環境行動に結び付いたと考えられる。ただし、追跡調査の回収率が低いため、結果の一般化可能性には留意が必要である。

表1 環境教育の省エネ意識への影響
表1 環境教育の省エネ意識への影響
注:回帰分析の推定結果。***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%水準で統計的に有意であることを示している。括弧内は「CO2削減ゲーム」を行ったグループレベルのクラスター頑健標準誤差を表している。統制変数には環境教育実施前の省エネ意識が含まれる。固定効果には学年ならびに学校の固定効果が含まれる。
表2 環境教育の向環境行動への影響
表2 環境教育の向環境行動への影響
注:回帰分析の推定結果。***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%水準で統計的に有意であることを示している。括弧内は「CO2削減ゲーム」を行ったグループレベルのクラスター頑健標準誤差を表している。結果変数は世帯1人当たりの対数をとったエネルギー使用量である。高目標設定とは、「30分以上使わないときは電気プラグを抜く」、「手や皿をお湯で洗うとき、お風呂より低い温度にする」、「手や皿を洗うとき、洗い流すとき以外は1分以上、水を流しっぱなしにしない」といった目標に対して、週に4,5回以上取り組むと目標を掲げた人を示すダミー変数である。統制変数には環境教育実施前の各エネルギー使用量が含まれる。固定効果には学年ならびに学校の固定効果が含まれる。
参考文献
  • Hardin, G. (1968). The tragedy of the commons: the population problem has no technical solution; it requires a fundamental extension in morality. Science, 162(3859), 1243-1248.
  • Kurokawa, H., Igei, K., Kitsuki, A., Kurita, K., Managi, S., Nakamuro, M., & Sakano, A. (2023). Improvement impact of nudges incorporated in environmental education on students’ environmental knowledge, attitudes, and behaviors, Journal of Environmental Management, 325, 116612