ノンテクニカルサマリー

政府系ファンドは中国企業のパフォーマンスにどのような影響を与えるか

執筆者 梶谷 懐(神戸大学)/陳 光輝(神戸大学)/三竝 康平(帝京大学)
研究プロジェクト グローバル・インテリジェンス・プロジェクト(国際秩序の変容と日本の中長期的競争力に関する研究)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究(第五期:2020〜2023年度)
グローバル・インテリジェンス・プロジェクト(国際秩序の変容と日本の中長期的競争力に関する研究)

本論文では、2015年以降の数年間に数多く設立され、「中国製造2025」以降の中国の産業政策の実施に重要な役割を果たしていると考えられる政府引導基金(IGF)による、製造業企業に対する出資が、その企業のパフォーマンスに与える影響を実証的に検証する。

図:政府引導基金新規設立状況の推移
図:政府引導基金新規設立状況の推移
出所:『2019年中国政府引导基金发展研究报告(上篇)』清科研究中心

IGFは、政府機関、金融機関、企業、プライベートエクイティファンド、公的年金などの融資主体から資金を集め、政府事業への投資、企業への融資、合併などを行うことで、産業構造の最適化を支援するファンドのことである。IGFは、政府が設立した市場志向型の投資ファンドとして、様々な投資家の資金を野心的なスタートアップ企業に提供するための重要な政策手段となっているほか、中国の国家戦略を担った産業政策において重要な役割を果たしているとみなされ、米中間の対立の原因にもなっている。清科研究中心による報告書によれば、2020末までには累計1,851のIGFが設立され、その目標金額の規模は11兆5300億元、すでに出資された金額の合計は5兆6500億元に達するという(図)。

しかし、一部の研究者は、こうしたIGFの投資先は必ずしも中国製造2025などの国家プロジェクトに関連する企業にのみ集中しているわけではなく、大半の資金は投資先企業の実績を踏まえた経済合理性に沿って運営されていると主張している。一方で、多くのIGFがアーリーステージのベンチャー企業を支援することを目的としているにもかかわらず、その役割をまだ十分に果たしておらず、すでに一定の成果を挙げた成熟した企業への投資に終始することが多いことも指摘されている。

これら、IGFに出資を受けた企業のパフォーマンスやその性格に関する評価は、いずれも厳密な実証分析によって導き出されたものではない。本稿ではこのような状況を踏まえ、IGFのパフォーマンスが特に産業政策の観点から効率的であるかどうかを検証するために、企業データを用いた計量分析を行った。

具体的には、以下の手法で分析を行った。まず、清科集団(zero2IPO)が提供する企業データベース「私募通」から2018年までに設立された3000社余りのIGFのリストを作成、ビューロ・ヴァン・ダイク社が提供するOrbisに収録された製造業企業データとマッチングし、後者の中から政府引導基金の子会社ならびに孫会社を抽出し、さらには基金による出資の時期を特定した。そのうえで、IGF並びにその子会社から出資を受けた企業を処置群、それ以外を対照群とし、出資を受けた年を処置年として、差の差分析と、マッチング分析とを組み合わせたDID-matching 分析を行った。具体的には、処置群と対照群について、産業、国有、企業年数などのカテゴリー変数については完全一致を条件とし、その他の変数については推計した傾向スコアの値が最も近いものをマッチングさせた。そして、マッチングした処置群および対照群の企業のアウトプットを比較し、平均的な処置効果を推計した。

分析の結果、IGFによる企業への出資は、その企業の固定資産および雇用に対して有意な効果を持つことが明らかになった。平均すると、投資を受けた企業は固定資産を約50%、雇用を約20%ポイント増加させたと考えられる。一方、売上高、労働生産性、研究開発、負債資本比率への効果は有意ではなく、また負債比率やROE(自己資本利益率)への効果はマイナスであった。分析を通じて、政府引導基金による出資は、事業規模並びに純資産を拡大させたものの、生産性や研究開発の向上といった本来の目的において成果を上げていないことが示唆された。ただし、本研究は出資後1-2年の効果のみを見ており、より長期的な効果が確認できていない可能性がある。

2022年に入り、中国ではIGFの役割そのものに疑問が持たれるような不祥事も生じている。2022年7月30日、中共中央規律検査委員会と国家監察委員会は、半導体産業を対象とする政府系ファンド「中国集積回路産業基金」の代表である丁文武氏を法令違反の疑いで調査中と発表した。そのメンバーの多くが大株主である国家開発銀行からの出向者であり、必ずしも半導体産業の状況に精通しているわけではなく、効率的な投資を行うためのインセンティブが十分に機能していないことが指摘されている。中国集積回路産業基金の関係者の不祥事は、これまで中国が積極的に推進してきた産業政策の方向性そのものを見直すきっかけになるかもしれない。その意味で、本稿の分析結果は、今後の中国の産業政策の方向性を考える上でも、示唆に富んでいると考えられる。