ノンテクニカルサマリー

独りではないことにどれだけの価値があるか?:生活満足度アプローチによる我が国におけるソーシャル・サポートの実証的価値評価

執筆者 要藤 正任(京都大学)/打田 篤彦(追手門学院大学)
研究プロジェクト 文理融合による新しい生命・社会科学構築にむけた実験的試み
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

融合領域プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「文理融合による新しい生命・社会科学構築にむけた実験的試み」プロジェクト

ソーシャル・サポートは人と人とのつながりの中に生まれる相互扶助の関係であり、社会関係資本と呼ばれる概念の重要な側面の一つである。そして、そこから得られるメリットや期待される恩恵は、人が家族や近隣、友人関係などの社会関係を構築することのインセンティブになり得るものであり、人が社会を形成する一要因となっていると考えられる。このため、その価値を定量的に把握することは、「なぜ人は社会を形成するのか」という本源的な問題を解明していく一助になる。

しかし、ソーシャル・サポートを得ることにどれだけの経済的な価値があるのかはいまだ明らかではない。近年、英国や日本で孤独・孤立担当大臣が任命されるなど、世界的にも人と人とのつながりに対する関心や政策対応の必要性に対する認識は高まっており、特に、孤立した人や孤独な人に対するソーシャル・サポートの提供を政策的に進めようという動きが大きくなってきている。市場において完全に代替することが難しいソーシャル・サポートの金銭的価値を明らかにすることは、孤立や孤独が社会的にも問題となる中で、ソーシャル・サポートを形成・維持することの重要性を再認識するだけではなく、政策の企画立案や費用対効果を考える上でも極めて重要と考えられる。

以上の問題意識をもとに、本研究では、Life Satisfaction Approach(LSA)と呼ばれる手法を用いてソーシャル・サポートの価値を実社会で比較可能な金銭価値として定量化することを試みた。LSAは、生活満足度を被説明変数とした幸福度関数を推定し、その推定結果を利用して財の価値を評価する手法であり、大気汚染や治安など市場で取引されない様々な財の価値を測る手法の一つとして活用されている。

分析に用いたデータは、主観的幸福度などの生活の質やそれを支える諸要因を明らかにすることを目的に実施された『生活の質に関する調査』(内閣府, 2013)であり、生活満足度や世帯所得、ソーシャル・サポートのほか、性別、年齢、学歴、就業の有無、家族関係など幅広い設問が含まれている。

生活満足度については「あなたは全体として最近の生活にどの程度満足していますか」という質問の回答を用いた。また、ソーシャル・サポートとして、道具的ソーシャル・サポートと情緒的ソーシャル・サポートの2つの指標を用いた。具体的には、道具的ソーシャル・サポートとして「あなたは病気や災難にあった際に助けてくれる家族・親族、友人、隣人は何人いますか」という質問の回答を利用した。情緒的ソーシャル・サポートについては、身近な人を思い浮かべてもらった上で、その人が「落ち込んでいると、元気づけてくれる」、「何かうれしいことが起きたとき、それを我が事のように喜んでくれる」といった6つの項目について、あてはまるかどうかを回答してもらう質問を利用して指標を作成した。

推定の結果、隣人からの道具的ソーシャル・サポートや情緒的ソーシャル・サポートは生活満足度に対し有意に正の影響を与えており、その結果は指標の作成方法を変えた場合でも頑健であることが分かった。さらに、推定結果を用いて、『国民生活基礎調査』から得られるデータをもとに平均的な世帯所得の個人を想定してソーシャル・サポートの金銭価値を試算したところ、隣人の道具的ソーシャル・サポートは、所得の平均値を用いた場合で89.7~113.8万円/年(中央値を用いた場合は72.1~91.5万円/年)、情緒的ソーシャル・サポートについては273.9~300.8万円/年(中央値を用いた場合は220.3~241.9万円/年)となった(表)。

表 推定結果を用いたソーシャル・サポートの金銭価値の試算
モデル1 モデル2
最小二乗法 二段階最小二乗法 最小二乗法 二段階最小二乗法
隣人の道具的ソーシャル・サポート 世帯所得(平均値)を用いた場合 108.6万円/年 113.8万円/年 101.5万円/年 103.9万円/年
世帯所得(中央値)を用いた場合 87.3万円/年 91.5万円/年 81.6万円/年 83.6万円/年
情緒的ソーシャル・サポート 世帯所得(平均値)を用いた場合 296.5万円/年 300.8万円/年 281.5万円/年 284.1万円/年
世帯所得(中央値)を用いた場合 238.5万円/年 241.9万円/年 226.4万円/年 228.5万円/年
注1)幸福度関数の推定においては、性別、年齢、配偶者や子供の有無、就業状況、主観的健康感、世帯所得等を説明変数としたモデル1と、これらの変数に加えて楽観性や他人に対する信頼といった個人の気質や周囲の生活環境への不満等を考慮したモデル2の二つを推定した。また、最小二乗法による推定のほか、主要な説明変数である世帯所得が内生変数である可能性を考慮し、二段階最小二乗法による推定を行っている。二段階最小二乗法を用いることによって、世帯所得が内生変数であった場合でも偏りのない推定値を得ることができる。
注2)個人のソーシャル・サポートの金銭価値は所得の大きさによって異なることから、世帯所得の代表値を用いて試算を行っている。一般的に代表値としては平均値が用いられるが、世帯所得ではその分布の形状から平均値よりも中央値の方が低い値をとる。このため平均値と中央値を用いた二つのケースについて試算を行っている。

得られたソーシャル・サポートの金銭価値は、一年間の世帯の平均消費支出に相当する金額(305.3万円、「平成26年全国消費実態調査」)であり、また、推定結果(モデル2、最小二乗法)をもとに計算した健康状態の改善(どちらでもない→どちらかと言えば健康である)の金銭価値は215.7万円/年(中央値を用いた場合は173.5万円/年)、配偶者を得ること(未婚→既婚)の金銭価値は289.5万円/年(中央値を用いた場合は232.8万円/年)となることから、こうしたライフイベントと比較しても、ソーシャル・サポートの価値は決して小さくない。

さらに、厚生労働省令和2年度社会福祉推進事業「社会的孤立の実態・要因等に関する調査分析等研究事業報告書」で試算された社会的孤立の出現率と2015年国勢調査のデータからソーシャル・サポートが得られない独居高齢者数を試算し、こうした高齢者がソーシャル・サポートを得ることができた場合の金銭価値を計算すると、道具的ソーシャル・サポートについては約3,300億円、情緒的ソーシャル・サポートについては約1兆円という試算値が得られた(2020年度の高齢社会対策関係予算22兆4810億円(一般会計)の約6%に相当)。

このように、落ち込んでいたりする時に気遣ってくれる人の存在は生活満足度に大きな影響を与え、その金銭価値も大きい。また、地域コミュニティにおける助け合いのネットワークが構築され、いざという場合に助け合えるという安心感が醸成されることには、災害時における被害の軽減やレジリエンスという視点だけではなく、生活満足度の向上という観点からも効果があることを示している。以上の結果は、ソーシャル・サポートが重要な価値を持つことに加え、本研究で用いた手法を応用することでコミュニティ政策のアウトカムの数値化等にも活用できる可能性を示している。